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しおチャン

Author:しおチャン
還暦、リタイアで子供にかえって60年代ヒコーキプラモを作っています。
信州飯田のなかば田舎、半分街中のどっちつかずの田舎暮らしを楽しんでいます。

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一週間ほどお休みします
96fujimi
所用でブログを一週間ほどお休みします。
月末には復活予定ですので、よろしくお願いいたします。

上のキットは、フジミ社の96式艦戦二号後期型。
これをベースに一号艦戦を作りたいのです。
背中を削り込んで、フラップ連動の転倒防護装置を突出させ、
機首を少し長くしてカウリングを浅い形に修正。
プロペラを二枚に変更。

1/72スケールならこのくらいでまででいいかな。
作りたいマーキングが見つかったんです。
再開したらこのキットも始めたいと思います。

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信州飯田の田舎暮らし | 07:31:54 | トラックバック(0) | コメント(0)
今日の机の上、マッチのボーとアントノフ
mattibo-
今日の作業台の上には、マッチボックス社のボーファイター、略してマッチボーって
まったく略す意味がないなあ(笑)。
これずいぶん前に「今日の机の上には、、、」って紹介していたキットです。
全然進歩がないですね(嘆息)。

ようやく色がついて組立に入れそうになってきました。
デカールが古くなってパラフィン紙のようなもんがはがれなくなってます。
使えそうなデカルを集めて、マーキングも並行して進めないと。

an2

こんなアントノフAN2のキットも始めることにしました。
旧東ドイツの1/75スケール品。
胴体窓が角形でシミターペラ付きというレアな設定の機体です。

かなり厳しいモールドの出来で、いかにも旧共産圏キットの風情です。
どう見ても窓が大きすぎるんだけど、修正に手間取る割にはその甲斐が
なさそうなので、そのままスルーしようかと(笑)。
せめてきれいな民間機塗装に仕上げてあげたいと思います。

信州飯田の田舎暮らし | 09:49:43 | トラックバック(0) | コメント(0)
Mcdonnell XV-1コンバーチプレーン  グレンコモデル 1/30
mcdanell xv-1 1
マクダネルXV-1コンバーチプレーンは1950年代に2機だけ製作された試作ヘリコプタです
精悍な姿が印象的ですが、それも当然で1956年にヘリコプタ最速の時速320kmを記録して
います。

mcdanell xv-1 4
胴体内に550馬力のエンジンを載せて、2台のコンプレッサーの圧縮空気をローター先端に
送り込み,そこに燃料を噴出させてジェットエンジンのようにローターをまわす方式をとっています。
さらにこのエンジンで胴体後部のプロペラを駆動しています。

エネルギー効率という点からはどうかなあと思います。
大きなローターを駆動するより小さなローター軸を回すほうが簡単でしょ。
1950年代のアメリカ軍は有望かどうかは二の次にして、なんであれ試してみて技術の特許を
先に押さええてしまおうという戦略があったのではないかという気がします。

mcdanell xv-1 3
グレンコモデルのこのキットは以前お伝えしたように難物でした。
1988年発売ですが、やはり元はITC社などの50年代キットではないかと思えます。
粗が目立たないように写真を撮るのに苦労しました(笑)。

mcdanell xv-1 2
1/30スケールということでローターを含めて50センチを超える大きさ。
なかなか良い姿になってとりあえず満足。

アメリカ機 | 13:00:08 | トラックバック(0) | コメント(0)
旋回機銃というか旋回拳銃というか、こんなの嫌だ。
nunbu rugar

海外サイトで見つけた写真です。
国も飛行機の形式もわかりませんが、旋回式拳銃というものを
見たのは初めてです。

きっと手作りだと思いますけど、よく作ったものです。
一度に引き金を引けるような仕掛けがあるんだろうと思いますが、
まさかひとつひとつ指で引くんじゃないですよね(笑)。

写真にはnunbuとありましたが、私にはルガーに見えます。
まさに必要は発明の母、ですね。

「ヒコーキ?」な話 | 10:12:45 | トラックバック(0) | コメント(4)
太平洋戦のトップエース、西澤廣義の伝記
にしざわ
アメリカ側で太平洋戦争での日本側トップエースのひとりとして知られる
西澤廣義について書かれた武田信行 著「最強撃墜王」を読みました。

自身の撃墜数87機、自身が撃墜確実と感じた機数で150機ともいわれる
撃墜王です。しかもこれが全部対米英戦のみなのが凄い所です。

一撃離脱戦法で降ってくる敵機もいつかは水平に引き起こさなければなら
ないのだから、ついていってその瞬間に相手の未来位置にむけてみこし射撃
をすれば、必ず当たるという対処法で撃墜数を伸ばしました。

開戦翌年にラバウルで96式艦戦をかってカタリナを夜間撃墜したのが、初戦果。
千歳空は零戦への転換がおそくなった飛行隊ですが、96艦戦でそんな戦闘が
あったなんて知りませんでした。
600ページを越す大部な本で、丁寧によく調べてあります。

改めて感じたのは、日本の戦闘機乘りの数のすくなさ。
4年ほどの戦闘のあいだに知られた戦闘機乘りの名前がたくさん出てきます。
狭い世界です。

ゼロ戦も隼も万単位で作られたけれど、それに載ったパイロットは本当に少なかった
んですね。西澤の同期パイロットはわずか20人。彼が教員になってパイロット教育を
した時の生徒は60人。
三倍になって人も機材もてんてこ舞いに忙しかったというけれど、米英に比べれば
ほんの僅か。
よくこんなんで戦えたもんだというべきです。

「ヒコーキ?」な話 | 10:23:28 | トラックバック(0) | コメント(2)
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