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しおチャン

Author:しおチャン
還暦、リタイアで子供にかえって60年代ヒコーキプラモを作っています。
信州飯田のなかば田舎、半分街中のどっちつかずの田舎暮らしを楽しんでいます。

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仮装巡洋艦のオリオン搭載の95式水偵
以前、この仮装巡洋艦の記事でインド洋のドイツ海軍の仮装巡洋艦が
95式水偵を使ったことにふれました。
捕獲した航空燃料と交換に日本海軍から送られたものでした。
この飛行機の写真がありましたので掲載します。

仮装巡洋艦オリオンが西大西洋に移動した際に、偽のイギリスマーキングに塗りなお
されて、シリアルL5196まで書かれています。

オリオン

さらにこの機体の消息も分かりました。
海上から発進中に事故で乗員もろとも水没したんだそうです。
残念ですね。大西洋でも活躍してほしかった。
この機体の詳細についてはこのブログの「仮装巡洋艦」のカテゴリーを
遡ってみてください。

さらにもう1機の95式水偵がドイツの仮装巡洋艦に積まれる予定だったことも
わかりました。
仮装巡洋艦シュティーアが搭載していたアラドAr231が使えなくなったために
代替えの機体として補給艦タンネンフェルスに載せて南大西洋上で落ち合いました。
1942年9月のことです。
写真がその機体。

タンネルフェルス


しかし機体をよく検査したところ、使用に絶えないくらい傷んでいたためシュティーアに
は載せられなかったそうです。
シュティーアはその2日後に武装リバティ船と交戦して沈没。
このとき95式水偵があったら、別の展開になっていたかもです。


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仮装巡洋艦 | 20:54:46 | トラックバック(0) | コメント(2)
ドイツに抑留された旅芸人の消息 仮装巡洋艦 その18
八月の砲声を聞いた日本人
第一次世界大戦のときドイツに抑留された日本人についての研究書。
『「八月の砲声」を聞いた日本人』奈良岡聰智 著 千倉書房刊。

以前、去年の5月29日にのせた仮装巡洋艦の記事で、抑留された常陸丸の日本人
が解放されるという新聞記事を紹介しました。
この記事で気になっていたのが、ほかに30人ほどの日本人の名前(名前の断片)が
乗っていて、おおくは旅芸人の類とされていたことです。

この本を読んで、どのようなひとたちだったのかがわかりました。
明治期から昭和初期にかけて海外に出稼ぎに出国した日本人80万人ほどのうち
半数ちかくは旅芸人が占めていたそうです。
第一次大戦の開戦時にはヨーロッパ全土に400~500人の旅芸人がいたようで
す。
開戦後、日本がドイツに参戦したため、ドイツ国内の日本人100人ほどが収容所
に抑留されました。その名簿のなかに先ほどの新聞記事の名前と一致する人が何人か
居ました。職業は芸人・事業家などなど。
3~4ヶ月ほどで全員解放され出国したのですが、この30人ほどが出国後の消息が
不明になったのですね。
そのため、終戦後に日本の外務省が新聞で情報を募ったもののようです。

ドイツ出国後の消息がつかめなくなった事情を当時の日本大使館領事が語っています。
興行師・商人等は「本邦に送還せらるるときは、本邦に至り直ちに衣食に窮すべしと
の理由にて、本官の説諭に応ぜず。」
外交官は旅芸人を軽蔑しがちであったろうし、旅芸人たちも彼ら独自のネットワーク
でヨーロッパの中で生き抜いていったのだろうと想像します。

しかし、大戦中のヨーロッパで生き抜くというたくましさには、わたしの想像をこえた
ものがあるように思うのです。すごい日本人がいたのですね。

仮装巡洋艦 | 21:31:51 | トラックバック(0) | コメント(0)
無人島に生きる十六人

仮装巡洋艦について調べていくと、「エムデン」も「ゼーアドラー」の
場合も、乗組員は漂流と無人島上陸の体験をしています。

当時の航海がどんな風だったのか知りたくて、いくつかの本をよみました。
これもその一冊、須川邦彦 著「無人島に生きる十六人」 新潮文庫刊。

仮装巡洋艦の時代の少し前、1900年ころの実話です。
明治31年に龍睡丸という二本マスト76tの帆船が、漁業調査船として
小笠原諸島に向かう途中、あらしで難破します。
乗組員の日本人たち十六人が無人島でサバイバル生活をして、無事日本に
生還するまでを青少年むけにまとめたものです。

著者の須川邦彦さんも海の男で、商船学校の実習生のときに生還者の一人
だった教官から聞いた体験を本にしたのです。

十六人は無人島で行きぬくために四つの約束をします。
1.島で手に入るもので暮らしていくこと
2.できない相談をいわないこと
3.規律正しい生活をすること
4.愉快な生活を心がけること

これは、いまの社会を生き抜くための指針にもなりそうですね。
とてもいい本でしたよ。

仮装巡洋艦 | 09:13:26 | トラックバック(0) | コメント(0)
ずーっと探し続けているゼーアドラー号のキット
ゼーアドラー  レベル
これがゼーアドラー号の雄姿。
帆船の瀟洒な姿が魅力的です。
むかしのレベル社の箱絵はとてもいいですね。

私が中学か高校生くらいのころ、グンゼ・レベルからこのキットがでていて
作ったことがあります。それ以前に作った古い帆船と違って、速度の速そうな
細身の船体が印象的でしたが、なんか帆船らしくないような気がしてました。
仮装巡洋艦のエピソードも知らないまま作ってました。

改めてまた作りたいなーと思いながら探し続けてますが、なかなか見つかりません。
古いキットの海外通販で89ドルというのがありますが、ちょっと高すぎます。
気長に待ちます。

ディーゼル機関で最大速度9ノットというのは仮装巡洋艦としてはギリギリ最低
ラインでしょうか。
当時は最高速で6ノットなんていう旧式貨物船もまだ多く使われていましたから、
これでもなんとかなったのですね。
この箱絵にも二門ある10.5センチ砲が書かれていますが、普段は外から見えない
ように隠されていました。

仮装巡洋艦 | 11:10:11 | トラックバック(0) | コメント(0)
やっと手に入れたゼーアドラーの本
探し探しやっと見つけた本
探し探してやっと見つけたゼーアドラーの本。
ようやく読むことができます。

ゼーアドラーはドイツの仮装巡洋艦として、第一次世界大戦で以前
紹介したエムデンと並んで世界に名をはせた殊勲艦です。

いくら第一次大戦でも、帆船を戦闘艦に使った例はほとんどありません。
もとはUボートが拿捕した1500トンのアメリカの輸送船です。
砲2門と機関銃2丁をつけて、通商破壊戦のため太平洋に
のりだしました。

1917年の半年ほどの間に15隻もの船を拿捕して沈め、乗組員を
丁重に扱って無事に送り返しました。

フジ出版の『海の鷲 ゼーアドラー号の冒険』ローウェル・トーマス著

この本は、艦長のルックナー伯爵から直接話を聞いてかかれた伝記です。
残念ながら絶版で入手難。高い高い値がついて、とても手が出なかった
のですが、先日ようやく手ごろな値段で入手できました。バンザイ。

蛇足ながら、著者のローウェル・トーマスは、第一次大戦では従軍記者
として、あのアラビアのロレンスの取材をしています。彼とカメラマン
は大量の写真と映像を残しているのですが、見てみたいですね。

仮装巡洋艦 | 21:18:43 | トラックバック(0) | コメント(0)
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