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しおチャン

Author:しおチャン
還暦、リタイアで子供にかえって60年代ヒコーキプラモを作っています。
信州飯田のなかば田舎、半分街中のどっちつかずの田舎暮らしを楽しんでいます。

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96式陸攻21型改造輸送機 J-BACS
今日のJ-BARDは96式陸攻21型を改造した人員輸送機、J-BACSです。

96eruriku

J-BACSは戦時中の同盟通信社航空部の第五号機で、日本と中国、台湾、シンガポール
などを結んで、海外の情報を日本に伝えました。
同盟通信社はほかにも零式輸送機や白菊なども運用していて、中には撃墜されたものも
ありました。
この機体は無事日本に帰りつけたんでしょうか。

96eruesu

改造点は胴体に客席窓を開けることと、下面垂下銃塔をつけることくらい。
エルエスのキットは1960年代、エルエス社最盛期の発売品です。
アリイから再販されて長いですが金型はかなりヘタってきた様子です。
とくに透明部品はかなり頼りない状態になってしまっています。
金型の磨きメンテをかけて長く再販を続けてほしいですね。

96rikukoueru

写真が一枚しかないので、塗装の大半は推測です。
1944年のシンガポールでの写真です。
この時期、上面の記号には白フチがついていたろうか、日の丸に白フチがあったろうか。
機名を「さきがけ」にしていますがこれも確認できません。
大戦末期のJ-BIRDは写真すらないのが大半で、こうして塗装までできる機体はほとんど
ありません。
どこかから資料が出てこないもんでしょうかねー。

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J-BIRD、戦前の日本の民間機 | 12:51:19 | トラックバック(0) | コメント(4)
RYAN NYP ライアンNYP 大阪毎日新聞社機 J-BACC
nyphawk

リンドバーグが太平洋横断飛行の際に乗ったライアンNYP。
この歴史的な機体と同じ飛行機を大阪毎日新聞社がライアン社から
1927年に輸入しました。
日本各地に飛行して新聞の販売促進に役立てました。
やがてリンドバーグ熱が冷めると、前方視界が悪くて離着陸がしにくい
この飛行機はパイロットに嫌われて、滅多に飛ばなくなりました。

lindhawk

そこで、安全のため機首に操縦席を設けて窓を増やす改造をしました。
機首にあった燃料タンクを後ろに変更して、前に操縦席を付け、その後ろに
乗客2人を乗せるようにしたのですが、試験飛行で転覆事故を起こしました。
改造したことで機体の重量バランスが崩れたためでしょう。
すぐに元に戻されて、結局は地上展示されたまま1934年には登録抹消。
日本だけのオリジナル改造機だったんですが、残念なことです。

raianhawk

キットはアメリカのホーク社の1956年発売の金型品です。
右が以前作ったフロッグの金型品の機体。
風防が付くと別の飛行機に見えます。

J-BIRD、戦前の日本の民間機 | 11:11:31 | トラックバック(0) | コメント(0)
Kiー27 Nate 97式戦闘機民間登録機 J-AJTR
中央97

久々の戦前のJ-BIRD、今回は97式戦闘機、J-AJTR。
松戸中央航空機乗員養成所で教官の技量維持のために使われていたものです。
今年の春に紹介するつもりで組んできましたが、デカールを貼る段になって
デカールがどこか行方不明になっちゃって(笑)。
先日引き出しの中からでてきたんです。よかったー。
ようやく完成です。

97中央

97式戦闘機はさすがに民間には払い下げられませんでしたが、
航空局の乗員養成所にはわずかに導入されました。
この機体のほかにJ-ALTQが確認できます。
Jナンバーを付けると雰囲気が変わって面白いですね。

hikougakkou97

キットはハセガワの1/72スケール。
デカールはライジングデカルを使いました。
フィルムが弱くてちょっと使いずらかったです。

キットの照準器や写真機などすべて取り外しています。
だから風防の前は照準器の隙間が空いたままです。
見ないようにすれば、まあいいかということで(笑)。

J-BIRD、戦前の日本の民間機 | 10:53:25 | トラックバック(0) | コメント(2)
ソッピース パップ  J-TOQU 増田秀吉氏私有機
pup

今回のJバードはソッピース パップ J-TOQU です。
1923年6月の第四回懸賞飛行大会に増田秀吉さんが出場した時のもの。
参加賞として慰労金100円をもらってます。

下の翼の裏に増田の文字が書かれているのが、なんとも面白いです。

ぱっぷ

ソッピース パップは1918年にシベリア出兵に間に合わせるために、
急ぎ輸入した飛行機。
この時陸軍と海軍が別々に注文を出してきて、ソッピース社を驚かせました。
軽快で使いやすいので、払い下げられた機体は民間パイロットにも人気でした。

pappu

民間機として使われた機体に面白そうな塗装がいくつかあります。
キットはエアフィックスの1/72、1974年の発売で残念ながら現在は絶版品です。
再販はなさそうなのが悲しいです。

J-BIRD、戦前の日本の民間機 | 10:57:03 | トラックバック(0) | コメント(2)
日本学生飛行連盟のアブロ504K J-BBIB
今回のJナンバーは、日本学生飛行連盟のアブロ504K、J-BBIB。

アブロ

avro504k

この機体は1929年、日本で初めて発足した学生飛行クラブ、法政大学航空部のもの。
上翼の裏側に右読みで法政大学の文字が書かれています。
発足に協力した逓信省航空局から支給された初めての機体、名前が「ひよどり」号です。
ちなみに法政大学航空部の初代顧問は、乗り物好きの作家 内田百閒。
クロサワ映画の「まあだだよ」の主人公でした。

この機体のことは昔から写真で知っていました。
主翼の文字が魅力で作ってみたかったのですが、ながく登録記号が不明でした。
今年、Jナンバーの資料集が発刊されて、登録記号が判明したので作ることができました。

アブロ504K

アブロ504Kは日本でもよく使われた練習機の傑作です。
キットはエアフィックス社の1/72スケール。
1967年発売のオールドプラモですが、いい出来のこれまた傑作キットです。

法政大学の航空部を皮切りに各大学に航空部が開設され、1931年には
日本学生航空連盟が結成され、競技会などを催しました。
そんな飛行機もおいおい作っていきたいと思います。

J-BIRD、戦前の日本の民間機 | 20:47:35 | トラックバック(0) | コメント(2)
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