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しおチャン

Author:しおチャン
還暦、リタイアで子供にかえって60年代ヒコーキプラモを作っています。
信州飯田のなかば田舎、半分街中のどっちつかずの田舎暮らしを楽しんでいます。

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自閉症スペクトラムの著者の自伝 「ぼくには数字が風景に見える」
数字

自閉症やアスペルガー・分裂症は、現在では大きくひとくくりにして
「自閉症スペクトラム」と呼ばれます。
つまり一連の関連のある症状として考るようになっています。

この症状を持ちながら努力して数学や言語学者として自立するにいたった
著者の自伝です。
患者の側からみた神経障害の症状と、周りの人たちの対応の工夫が
どのように必要とされているかが読み取れる点が貴重な本です。

わたしも幼少期に担任から学習障碍児ではないかといわれて、両親を
心配させたそうです。
いまも人との関係の持ち方や自分の表現の仕方に苦手意識があって、
正常と自閉症スペクトラムとの境界線上のどこかにいそうだなあという
自覚があります。
読みながら自分の幼少期をつい振り返ってしまいました。

大岡信

先日亡くなった現代詩の大岡 信さんの本。
連歌をヒントに連詩という挑戦をはじめた話はさておき、こんな言葉に
驚いたのです。
多くの人がちょうどテレビのチャンネルを合わせるように、自分好みの
対象にしか進んで接触しようとしていない。

「未完成で不定形なものに賭けるよりは、安定感のあるレディメイドを
選び、チャンネル番号のはっきりしているように見える文化装置に群がる」

おお、今の社会状況はこれだよねー。この本1991年の出版だから、
もう20年以上まえから指摘していたんだあ、と思ったら、著者はここ
20年くらいの観測でと言ってるんですね。すると1970年代からということ。

衝撃を受けましたねー。最近の若い者はとおもっていたら、この傾向は
わたしが20代の時からだって言うんですから。
現代詩の第一人者の眼にはそう映っていたんです。さすがです。
大岡さんはこれを「人間自身の自動人形化」とまで言ってます。

これまで積み上げてきた私の知はなんだったんだあー、とか全然絶望は
しません。もう体面を整える相手もない身の上ですから、なにが崩れようと
気になりません(笑)。
知の冒険と知の崩壊・そして絶望からの再建は、年寄りと若者の特権です。
むしろお金のかからない知の冒険と崩壊をゆっくり楽しむべきなのです。

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こんな本を読んでみた | 00:42:32 | トラックバック(0) | コメント(4)
宮崎和加子 「家で死ぬのはまがままですか」
東京に来てようやく二か月ほど。
この間25冊ほどの本を読み終えました。
プラモデルを作らないとこんなに本が読めるもんなんだなあ。

気になるのは、この25冊のなかに文字の単純な変換ミスが4~5件
あったことです。昔、誤植なんて本ではめったになかったはずなのに
これはかなりの確率です。
出版不況といわれる中でこんだけ大量の本が出ていれば、校正もれ
が出るのは不思議はないのかもしれないけれど、本の文化が細り
始めているとみていいかもしれません。

私のブログも誤字脱字・変換ミスだらけなので人のこと言えないけれど。

これは30年ほど前に日本で初めて24時間の訪問介護サービスを
実現させた方の本です。

家で死ぬのはわががまですか

ヘルパーさんがいればベッドサイドのポータブルトイレを使えるお年寄りが、
夜間一人ではトイレが使えなくて、排尿の回数を減らそうと水分や食事の量を
減らしていました。
夜だけおむつをするか、あきらめて施設に入るかといわれて
「どちらもイヤです。おむつに排尿するってどんな気持ちか、看護婦さん、
わかります? でも施設に入るのもイヤ。自分の家があるのに」

トイレでうんこしたい!というのは誰でも持つ当然の気持ちですよね。
こんなところから出発して、いろんな公共機関や病院と連携して北千住に
日本初の24時間対応の訪問介護ステーションを立ち上げていく過程が
綴られています。

現場のお年寄りや介護者の生の声がいっぱい入っているのが魅力です。
理屈抜きで、ああそういうことなんだあと納得させられます。
「地に足の付いた」というのはこういうことなんでしょうね。

わたしもかみさんも家で介護を経験してみて初めてわかったことが
たくさんあります。それでもまだまだ教えてもらうことがありますね。

こんな本を読んでみた | 14:27:41 | トラックバック(0) | コメント(2)
詩人の自伝の最高峰、金子光晴「詩人」
金子

日本の詩人のなかでも独自の頂点に立つ金子光晴。
その自伝には今回読んだ「詩人」とさらに10年くらい後にかかれた
「絶望の精神史」の二冊があります。
どちらも自伝としての評価が非常に高い本です。
今回の「詩人」は、昭森社の金子光晴全集第5巻に収録されています。

「平々凡々たる典型で、その故にこそ、凡々たるじぶんから脱却したくて、
謀反を起こして、収拾のつかない結果をひき出し」てきた。
何回もの「血のさわぎ」の軌跡を、60才を区切りとして回想しています。

戦前戦後を通して、日本にもなじめず、かといって海外に行っても違和感を
感じ、いる場所がない閉塞感を抱えながら生き抜いた精神の軌跡は、そのまま
社会を外側から冷静に見つめた記録になっています。
私などには理解できないこともありますが、一つ一つのできごとが生き生きとしていて
とても面白いのです。

一人息子を徴兵から守るために寒風にさらす父親であり、空襲を予想して
いち早く田舎に疎開する行動の人でもある。
「やはりこの戦争は、僕にとって、恥辱としか思えなかった。マレー蘭印を通ってきた
僕は、つぶさに植民地の支配者たちの積年の悪と、その結果を見てきて」、「結局それは
薄汚い利害の争奪戦である」
バケツリレーなどやめてすぐに逃げること、と説く隣組の班長さんでもありました。
非協力の貫き方も金子独特の図太さがあります。

「ふりかえって、さて、僕の生涯で、なにがのこるだろう。それは、僕が、僕のやり方で、
僕の人生を愛したということだけではないか。」
この言葉が一番、金子光晴らしいのかもしれません。


こんな本を読んでみた | 20:15:27 | トラックバック(0) | コメント(0)
ソ連が舞台のサスペンス、「ツンドラの殺意」
ツンドラ

サスペンス小説も私は好きです。
スチュアート・カミンスキーの「ツンドラの殺意」、1989年度エドガー賞受賞作。
ロストニコフ捜査官シリーズは全部で16冊あるのですが、邦訳が出ているのは
たった3冊。
どれも面白いです。

邦訳が出たのは1990年ころ。
ソ連が舞台のサスペンスはまだ珍しかったころです。
KGBや官僚組織、スパイ、ロシアンマフィアなど登場する仕掛けは充分。
面白くなるのは当然ですね。

また、ちょっとくたびれたロストニコフ捜査官と助手のやり取りの面白さも
読みどころ。
暗いソ連にやや間の抜けた軽妙さの対照にも独特の味わいがあります。

作者のカミンスキーが亡くなって10年くらい。
これだけ面白いのに続編の邦訳が出ないのは、出版不況のあおりなんでしょうか。
残念なことです。
英文で読めるようにトレーニングするしかない?
そりゃあ、ムリ無理(笑)、なんとか邦訳だしてー。


こんな本を読んでみた | 19:23:39 | トラックバック(0) | コメント(0)
「鉞子(エツコ)」 世界を魅了した「武士の娘」の生涯
エツコ

19世紀末から戦前までの間、欧米で何回かのジャポニズムの
ブームがあって、内村鑑三や新渡戸稲造、岡倉天心などの著作が
もてはやされました。
その流れの中でベストセラーになったのが杉本鉞子の「武士の娘」でした。

「武士の娘」は明治維新で朝敵となった長岡藩の没落した士族の娘が
辛苦の末にアメリカに移住した半生を描いたものです。
内田義雄のこの本は、「武士の娘」が書かれた背景を調べてまとめた
本です。

四書五経を学ぶところから始まる封建社会の中から生まれ育った鉞子が
なぜ近代民主国家の人々を瞠目させるような不屈の精神と気品ある人格
を持つにいたるのか。
これが内田さんの書きたかったことでしょう。

鉞子自身も執筆の動機を、こう述べています。
「米国人は心を開いて日本を知ろうと努力するけれども、とにかく思い違いが
多い。」
「自分の生い立った貧乏武士の家庭生活、むしろ西洋文化の影響を受けること
の少なかった時代の純日本夫人の教養というような方面を語ってみた。」

近代民主社会の理想は、封建社会から搾りだされた要素を土台に成立してます。
民主社会が拝金主義に変質した時代に、鉞子が提示した封建社会の良質な要素
が新鮮に映るのはむしろ当然だったのかもしれません。
もちろん、これは現代にも通用するテーマだと思います。

NHKの朝の連続テレビ小説や大河ドラマのテーマにもなりそうなくらいの内容ですが
アメリカ生活が長くて日本では無名なので、テレビ化は難しいのかと思います。

こんな本を読んでみた | 16:05:19 | トラックバック(0) | コメント(0)
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