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しおチャン

Author:しおチャン
還暦、リタイアで子供にかえって60年代ヒコーキプラモを作っています。
信州飯田のなかば田舎、半分街中のどっちつかずの田舎暮らしを楽しんでいます。

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エリック M ブラウンの人気コラム
エリック M ブラウン氏の人気コラム
昨日ご紹介したエリック M ブラウンさんは戦後もイギリス海軍のにとどまり
1970年に退役しました。

その後は、たくさんの飛行機を操縦した経歴をいかして、イギリスの飛行機
雑記「AIR INTERNATIONAL」にコラムを執筆します。
題名は「Viewed from the Cockpit」。 
「操縦席からのぞいてみれば」といったところでしょうか。


実際に試験飛行をとおしてさまざまな角度から比較と評価をした人ならでは
の記事として長く好評を博しました。

写真は1976年2月に掲載された記事。
昨日のFw190A-4/U8 シリアルPE882を操縦したときのことを
9ページにわたって詳細に綴っています。
「このフォッケウルフの戦闘機を最初に検査したときの興奮をはっきりと想
い出す。その機能的な美しいラインがかもし出すエレガントな殺人機の印象も。」

Fw190が、どんな飛行にもトリミング修正が不要なことやダイブからの急上昇
のすばらしい上昇力をスピットファイアMKⅨと比較したりしています。

彼がこのPE882を操縦したのは1944年の2月4日。
その後彼の1426部隊の所属となり、その年の10月13日に墜落して
機体は失われました。



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「ヒコーキ?」な話 | 23:25:17 | トラックバック(0) | コメント(0)
RAFWAFFEとエリック M ブラウン
RAFWAFFEのFw190A-4 U8
戦時中、イギリスにはドイツやイタリアの捕獲機を飛行させて
調査結果を実戦に役立てることを目的とした、第1426飛行隊という
部隊がありました。
英国空軍(RAF)とドイツ空軍(LUTWAFFE)をあわせて
RAFWAFFEと呼ばれていました。
この部隊の指揮官を務めたのが、エリック M ブラウン大尉。

上に掲げたFw190A-4 U8は彼が評価をした機体。イギリスマーキング
のシリアルPE882は、たくさんの写真が残されているマニアには
おなじみの機体です。

また、彼は世界で一番多くの機種を操縦したパイロットとして有名です。
その数487機種。
驚かされるのは、この数字には、たとえばスピットファイアのように
たくさんのサブタイプのある機体は1機種と数えられているというの
です。
飛ばした飛行機のリストをみると、第二次大戦機だけでなくジェット機、
ヘリコプター・練習機などなど多彩です。
大戦中に世界中の飛行機が集まったイギリスで、機体調査の任務についた
という特殊な条件が作った記録ですね。

日本機も7機種含まれてます。99艦爆・1式陸攻・百式司偵・零戦・疾風
隼、変わったところでは日立瓦斯電のT2なんて1機しか作られなかった機体
の名があります。彼は終戦時に日本に来ていたのでしょうか。
これを調べれば、日本の航空史に新たな1ページとまではいかなくとも、
あらたな一行くらいを書き込むことが出来るかもしれませんよ。

「ヒコーキ?」な話 | 22:29:36 | トラックバック(0) | コメント(0)
雪の中から福寿草が顔を出しています
雪の中から福寿草
家の梅の木の下から福寿草が顔を出しました。
まだまだ小さいのですが、雪の中でも霜柱が立つ中、
元気に育っています。

春はまだですが、最初に咲いてくれる花です。
夏の強い日差しには弱いので、梅の木陰がちょうどすごし易い
ようですね。
毎年こうして咲いてくれるのがうれしいです。

信州飯田の田舎暮らし | 22:26:56 | トラックバック(0) | コメント(0)
トリさんの食べたりんご
枝に刺したリンゴ
我が家の居間の前には梅の木がありまして、リンゴを刺しておくと
鳥たちが訪れてくれます。
大きいのがきて、そのあと小さいのがきてといった具合で、毎日
居間で食事をとりながらガラス越しにながめています。

急に動くと逃げてしまいますが、基本的に家の中は気にしてない
みたいです。
窓の近くで視線があっても、逃げないで食べ続けることもあります。

鳥の名前はよく分かりませんが、写真はモズくらいの大きさの鳥
が食べた後です。
くちばしのかたちの細長いあとが、いくつもついています。
この写真をとった2~3時間くらいあとには、もう食べつくして
いました。すごい食欲ですよ。

鳥の写真をとるのが趣味の友人の話では、普段見ている分には逃げ
ない鳥もカメラを構えているとすぐに飛んで行ってしまうものなんだ
そうです。
カメラが怖いというのではなくて、構えて見ているその視線に何かを
感じているようだというのです。

鳥は、人間に「無心で眺めているだけ」という姿勢を望んでいるの
ですね。
写真をとろうなどという下心は、ちゃんとお見通しだぞといわれて
いるみたいです。

信州飯田の田舎暮らし | 20:13:04 | トラックバック(0) | コメント(0)
ツポレフTU-2  Fugzeug Modellbaukasten 1/72
ツポレフTU-2
ユンカースJU88をしのぐ爆撃機を作れとの指示をうけて
ツポレフが産み出した機体。
獄中で設計した話は有名です。

1850馬力の強力なエンジンを得て、550km/hの速度と
最大3tの爆弾を運ぶ万能機になりました。
戦闘機並みの運動性と機体の頑丈さで、地上攻撃から雷撃まで
広い任務に使われました。

1944年からの生産・配備となり、1948年まで2500機以上生産。
ソ連とその衛星国の主力爆撃機として、ジェット機の配備まで第一線機
として留まりました。
朝鮮戦争にも少数機が参加しています。

キットは東ドイツのメーカー。日本では1980年代はじめの発売だった
と思います。硬いプラモールドで、雰囲気は60年代キットです。
でも、米英機にはないごつごつした外形には、強い存在感を感じますね。

ロシア機 | 18:45:20 | トラックバック(0) | コメント(0)
ホーカー フューリー  リンドバーク 1/48
ホーカー フューリー
1930年代前半の英国戦闘機の代表格のホーカーフューリー。
リンドバークからでているこのキットはもともとはインパクトの
キット。さらに、そのまえはパイロからでていたものだと思うの
ですが。

インパクトのキットとして日本に紹介されたのは1960年代の
中ごろ。でも、パイロからは1950年台後半の発売だと思います。
昔からすばらしいキットとして絶賛されてきました。

その評価の一番の理由は、羽布部分の表現の緻密さ。
この写真で見ていただくように、金型の細かい表現で羽布ばりの
感じを再現しています。
古いキットの一つの頂点といわれる理由がおわかりいただけるで
しょうか。

他にも照準機を機体右寄りにつけるなど細かい配慮がされています。
でも、垂直尾翼の右シフトは省略していますが。
わたしの眼から見ると、たしかにいいできのキットですが、以前紹介
したエアフィックスの1/48キット(旧メリット社のもの)のほうが、
すこし好感がもてるかなーという感じです。
こちらは最近エアフィックス社から再販されました。



イギリス機 | 20:03:43 | トラックバック(0) | コメント(0)
日本酒 獺祭(だっさい) かおりがいいね
獺祭 おいしい日本酒
いただきもののおいしい日本酒、獺祭(だっさい)。
山口県岩国市の小さな酒造会社がつくってます。

獺はカワウソのこと。
カワウソの祭りというのは、取った魚を並べて喜ぶ
カワウソの習性をさした言葉だそうです。
私もカワウソにならって、お魚をアテにいただきました。
ニシンを焼いて、熱いところにジュッとかるくお醤油を
たらして、ぐいっと一口。いいですねー。

これはあたため酒、40度くらいでとかいてありました。
燗をつけると、とてもいい香りがします。お米 山田錦の
香りなんでしょうか。辛口のいい味わいにファンになりました。

獺祭のシリーズは調べると、まあすごい値段のもありますが、
これは獺祭50で、値段は手ごろ、720mlで1500~
1600円くらいのもの。
それでこのおいしさは断然おすすめです。
おためしください。


信州飯田の田舎暮らし | 22:03:56 | トラックバック(0) | コメント(0)
藍染のストール 下伊那農業生徒さんの作品(2)
藍染のストールとおひなさま
先日ご紹介した高校生の藍染め作品。
今は座光寺のパン屋さん「バイバブ」で展示してくれています。

お客さんからは、「どこの作家さん」とか「売ってもらえるんですか」
とか声がかかるそうです。
たしかに高校生が始めて初めて作った作品とはおもえない、色鮮やかな作品です。

で、「バオバブ」のおひなさまと一緒にとった一枚。
はなやかな藍染のストールに囲まれて、ひな祭りを
迎えます。

 

藍をそだてる | 21:53:57 | トラックバック(0) | コメント(0)
オランダで飛行機を発掘する。少年の日の夢(3)
泥の中での発掘の様子
もう一つ別のB-17の発掘の様子です。
B-17GSH 42-3286 482BG 812BS 1968~69年
の発掘。泥の中から主脚や曲がったプロペラなどを回収しています。

この機体は最初はB-17Fとして作られ、その後G型に改修、H2Xレーダーを
装備して編隊を誘導するパスファインダー機として使われました。
1944年1月11日、ドイツの航空機工場の爆撃で機体尾部に被弾(対空
ロケット弾?)、オランダ上空で再度ドイツ空軍機の攻撃を受けて撃墜された
ようです。
乗員のうち4人はパラシュートで脱出しました。
地上で目撃した人は火を吐きながら海岸に落ちたと伝えています。

ドイツ空軍の二人のパイロットがこの撃墜を記録しています。
4/26JGのGerhard Wiegand軍曹(32機撃墜のエース)、1/26JGの
Artur Beese中尉(22機撃墜のエース)。

この日の爆撃ではB17が60機とB24の2機が撃墜されました。
撃墜の半年くらい前に撮った、このクルーの記念写真が海外のサイトにありました。
半年後には命を失うとは思っていない人たちの写真です。

発掘では、遺体も回収します。
やはり戦争は命のやり取りです。
私のようなオタクなんかの関わるべきものではないなーと痛感します。

「ヒコーキ?」な話 | 17:15:53 | トラックバック(0) | コメント(0)
スピットファイアなら「早すぎた警告」 C・フィッツサイモンズ
早すぎた警告
30年位前に読んだ本。
C・フィッツサイモンズ著 「早すぎた警告」文春文庫
表紙を見ただけで飛行機の小説とわかるので、手にとって
しまうんですね。
1979年の刊行.

イギリスで開催される産油国会議をアラブゲリラが航空機で襲う。
その情報をひょんなことから知ってしまったビジネスマンが、
当局に知らせるが信用されず、逆に危険人物としてマークされてしまう。
そこで、なんとスピットファイアを駆って、ゲリラの航空機を迎撃する
というもの。

作者のC・フィッツサイモンズも英国空軍のパイロットでした。
実際には、部隊に配属される前に終戦になり、カイロやケニアで軍務に
付いたそうです。
そのころのスピットファイアはグリフォンエンジンの後期型スピットです。
彼の乗機がスピットだったかどうかは分かりませんでした。

作品に登場するのはスピットファイアの18型。
スピットの操縦に関する細かいことまでかかれてあります。
「シリンダーが一つずつ点火し、せきこむような音が速度を増して間断ない
轟音となった。回転計が1200を指すまでスロットルをゆるめ、次いで
そのまま維持しつつ温度計を見守った。オイルは15度、冷却液は40度」

それらを読むだけでも、結構楽しい本です。

ほかにも、昔のヘンドンの航空ページェントやシャトルワースの
コレクションなどがでてきて、うらやましくなりますね。



「ヒコーキ?」な話 | 23:07:33 | トラックバック(0) | コメント(0)
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まとめ