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しおチャン

Author:しおチャン
還暦、リタイアで子供にかえって60年代ヒコーキプラモを作っています。
信州飯田のなかば田舎、半分街中のどっちつかずの田舎暮らしを楽しんでいます。

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春菊は最後まで使わせてもらってます
春菊
畑に植えた春菊です。
三月ころに種からそだてて4月・5月と食べてきました。

ナベの材料のイメージがありますが、私はなんにでも使っています。
一番簡単なのが葉っぱをサラダにいれること。
香りも味もとてもいいアクセントになりますし、どんなドレッシング
にもよくあうんです。
炒め物に使うのもいいですね。

ヨーロッパでは、ハーブとして知られていて、手軽に使われているそうです。
ビタミンもたっぷり。
いろんな料理につかってほしいです。
ほぼ一年中、育てられる便利な野菜ですね。

写真のようになってくると、花に養分をとられて葉っぱが硬くなってしまい
食べるのには向きません。
我が家ではこの春菊の花をほかの花と一緒に仏壇に供えます。
白と黄色の明るい色が仏壇を明るくしてくれます。
最後まで役に立ってくれるのです。


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信州飯田の田舎暮らし | 21:04:34 | トラックバック(0) | コメント(0)
センテッドゼラニュウム 香りが役に立つんです。
センテッドゼラニューム
今日、中部地方も梅雨入りが発表されました。

今年の梅雨は例年より2週間くらい早いといわれますが、それじゃ
例年より2週間早くあけるのか、それとも2週間長く続くのか、
肝心なことは発表してくれないのですね。

梅雨時とともに始まるのが、蚊とかブヨとかの虫さされ。
センテッドゼラニュームはそんなときの強い味方です。
蚊遣り草なんていう名前で売ってたりします。

人間にはとても良い香りで、香水の原料になったりするのに
蚊やブヨなどの虫が嫌うにおいなんですね。
私の家でも玄関に鉢植えにしておいてあります。
おかげで家の中に蚊が入ってきません。

写真はセンテッドゼラニュームのローズゼラニューム。
花もきれいです。
他にもレモンやアップルなどいろいろな種類があります。
なかにはチョコレートの香りなんていうのも。
品種改良でどんどん種類が増えているんですね。

草全体が香るので花が終わっても、効果は一年中続きます。
ありがたいですね。

信州飯田の田舎暮らし | 20:06:26 | トラックバック(0) | コメント(0)
デハビランドDH88 コメット うれしい再販キット
DH88 COMET
最近嬉しい出来事です。
エアフィックス社から再販されたDH88コメット。
40数年まえに作った懐かしいキットを再販してくれたので、もう一度
作ることができます。

この機体は戦前の長距離エアレース機です。
航空史のなかでも一番優雅な姿の機体です。レース機のクイーン。

1934年のイギリス・オーストラリア間19860Kmを結ぶ飛行競技。
メルボルン市建設100年記念、オーストラリアのチョコレート王である
マクファーソン・ロバートソンが開催しました。

デハビラント社は、このレースのために航空雑誌に広告を出しました。
1934年の2月までに注文をだせば、時速200マイル(320Km/h)
の飛行機を5000ポンドで作りますというものでした。
結局、3件の注文があり、デハビランド社は、たった8ヶ月間の突貫工事
で設計から製造、試験飛行までをやりぬきました。
初飛行はレースの40日前。
3機がつくられてレースに参加しました。

このレースは世界中から20機が参加してロンドンを出発、ゴールの
メルボルンについたのはわずか9機でした。
一位は全面真っ赤のDH88(G-ACSS)
二位はダグラスDC-2
三位はボーイング247
四位がこの全面緑色のDH88(G-ACSR)

いまもこの優勝機はイギリスのシャトルワース コレクションに保存
されています。
昔、私が作ったキットは真っ赤な優勝機でした。今回の再販は4位の緑の機体。
途中で棄権した真っ黒の機体も作れるように3機分のデカルをつけてくれたら
なんて贅沢なことを思ってしまいます。
ただし、1957年発売の古い古いキットですから、それなりのものですよ。

「ヒコーキ?」な話 | 21:09:13 | トラックバック(0) | コメント(0)
よもぎ茶をいれてみました
よもぎ茶
先日刈り取ったよもぎの葉っぱを乾燥させて、お茶をいれてみました。

ふつうによもぎのお茶というか、苦くもなく薬臭くもなく、癖のない味
でした。からだによさそう。
よもぎは漢方ではガイヨウとよばれ、病を止めるという意味の名前が
つくほどからだにいいとされています。

調べると、お茶としては柿葉茶やグァバ茶なんかと一緒に淹れることが
多いようです。やっぱり味にもう少しアクセントがあったほうがいい
からでしょう。

お茶の作り方もいろいろあるようです。
人それぞれということでいいとおもいますが、大きく分けると
蒸してから乾燥させる方法と乾燥させてから炒る方法がありそうです。
私の場合は、何にも知らずに乾燥させましたので、これからフランパンか
なんかで炒らないといけないみたいです。
炒る時間は弱火で7分とか10分とか。

でも今日は乾燥した葉っぱにそのままお湯を注いで飲みました。
これでも充分なお茶です。
でも、炒ることで風味が増すのならやってみる価値はありそうですね。

それと、お茶にするのなら新芽でなくても大丈夫みたいです。
今回乾燥したものは、すくすく60センチくらい伸びた茎の上半分の
葉っぱを使いました。刈る季節も特に関係ないみたいで、昔々から年中、薬や
お茶に使っていたみたいです。

ここは柿の産地でもありますから、次は柿の葉をとってお茶にして混ぜて使って
見ようかと思います。柿の葉をとるなら6月ころとものの本にありました。
来月やってみます。

信州飯田の田舎暮らし | 20:50:37 | トラックバック(0) | コメント(0)
よもぎを混ぜ込んだご飯
よもぎのご飯
昨日のよもぎを混ぜ込んだご飯を夕食にいただきました。

昨日ゆがいたよもぎを細かく切って、炊いたご飯に混ぜ込むだけ。
食べているときは、かすかによもぎかなという香りがする程度なんですが、
食べ終わってからしばらくの間、よもぎのかおりが残ります。

このほのかな余韻の感じはいいですね。
これからも、ときどきやろう。

じつは朝食のときに、同じよもぎをホットケーキにまぜて焼いてみたの
ですが、香りはたいしたことなくてちょっとがっかりだったのです。
それが、ごはんに混ぜるだけでこんなにいい感じになったのが不思議
です。
市販のホットケーキミックスだったので、香料に負けてよもぎの香り
が出てこなかったのかもしれません。

それで、結局きのういろいろ試した中では、2分ゆがいて20分水に漬けて
アク抜きするというのが、一番よもぎの香りが残っていいと思いました。

1日も水につけると、たしかにアクは抜けるでしょうが(4回も水を換えました)
「野趣あふれる旨み」もみんな抜けてしまうみたいです。
たとえば冬にスープに青いものが欲しいといったときは、それでいいのでしょう
けれど。

地元の料理人の書いたものを見てみると、よもぎも含めてアクの強い山菜は
そのアク本来の持ち味を生かして調理することが肝心とありました。
そして、おひたしにする時のこんなこつが書かれていました。

色止めと旨みを出すために少々の塩をなべに入れさっとゆでる。
この時、沸騰したら火から鍋をはずし、ふたをしたまま数分待つ。
あとは醤油をかけてカツブシやマヨネーズで食べる。
「数分待つ」のがポイントだそうです。
この方法で、よもぎ・ノビル・セリ・ワラビ・ヤマウド・ネマガリタケ
なんかはすぐに食べられるとのこと。
おひたし、やってみます。

信州飯田の田舎暮らし | 20:20:09 | トラックバック(0) | コメント(0)
畑のよもぎの葉をつみました。
よもぎ
畑の一角によもぎの草むらがあります。
数年前うえたのが増えて増えて、ちょっと場所をとりすぎてきたので
今日はすこし刈って、葉っぱをとることにしました。

刈ったよもぎは、うちのおばあさんと二人で摘みました。
おばあさんは、よくよもぎをとってお団子にしたり昔がなつかしい
なあと楽しそうでした。
一時間くらいかけて、葉っぱを摘んで洗いました。

写真の手前が軟らかい穂先の部分。これを食べてみたいのです。
それから、後ろはもう少し大きくなった葉っぱの部分。
こちらは乾燥させてお茶にします。
良く洗って天日干し。2~3日でできるかなー。

穂先のほうは、下ごしらえの方法に諸説あったので、いろいろやってみる
ことにしました。

ひとつは、さっとゆがいて1日水に浸してアク抜きするというもの。

もうひとつは、2分間ゆがいて20分水に漬けてアク抜きするというもの。

それと、もうひとつ、これは自分でやってみたかったのですが、お茶用に
とった葉っぱを2分間ゆがいて1日水に漬けてアク抜きするというもの。
すこし大きくなった葉っぱも食べられないかなーと思って。

明日、それぞれのやり方のものを料理に使ってみようと思います。
請う、ご期待です。

そういえば、ドクダミも葉っぱをとらなきゃと思っていましたが、
今日見るともう花が咲きそうになっていました。
花が咲くと薬効が格段に落ちるのだとか。
あしたには取らなきゃかな。これもお茶にしたいのです。

信州飯田の田舎暮らし | 17:28:19 | トラックバック(0) | コメント(0)
ユージーン・ブラードとラファイエット飛行隊
ユージーン・ブラード
第一次大戦でただ一人の、そして史上初の黒人戦闘機パイロット、
ユージーン・ブラードは、ラファイエット飛行隊の一員でした。

大戦前に彼は、フランスでプロボクサーとして成功していました。
黒人の彼を差別しなかったフランスに恩返しをしなくてはと、志願
兵となり、フランス外人部隊の歩兵として参戦。
ベルダンで二度負傷したのち、パイロットをこころざしてフランス
航空隊に入隊し実戦に参加、その後ラファイエット飛行隊へ移って
います。

ただし、すんなり受け入れられたわけではありません。
何度も交渉した末の編入でした。
搭乗機は写真のスパッド7 Spa93エスカドリル 
左手に乗っているのはペットのチンパンジーです。

彼の機体にはフランス語で「すべての血は赤く流れている」と
書かれていました。
確認されているだけで、2機の撃墜のほか数機の不確実があるよう
ですが、これも公認されていません。

そしてその後、ラファイエット飛行隊からもとのフランス外人部隊の
歩兵に異動させられています。
軍医の偏見のためとか、休暇から帰隊の際にトラブルをおこしたなど
の話が伝わっていますが真相は分かりません。

戦後はアメリカ軍に受け入れられず、民間の輸送機パイロットなど職を
転々としています。
彼の経歴には、いたるところ人種差別を思わせるできごとだらけのように
思えます。

ただ、いわゆるポリティカル ポライトネス(政治的公正さ)という姿勢が
徹底しているせいか、エースではなくても隊誌や航空史のサイトではこの
ように黒人飛行士として1ページがさかれていたりします。
こういうところにも、長い黒人解放運動の重みを実感させられます。
偽善的との批判もありますけれどね。

「ヒコーキ?」な話 | 22:40:55 | トラックバック(0) | コメント(0)
ウィリアム・A・ウェルマン  ラファイエット飛行隊
ニューポール17c1
ラファイエット飛行隊と関わりのあるハリウッドの映画人をもう一人。
ウィリアム・A・ウェルマン、第一回アカデミー賞受賞映画「つばさ」の
映画監督です。
ウェルマンは数々の名作映画を残した名監督です。「スタア誕生」、
「民衆の敵」などなど。また、映画会社・俳優と派手に衝突したことでも
有名ですが、あだ名の「ワイルドビル」はラファイエット飛行隊時代から
のものだそうです。

1917年3月にN87エスカドリルに所属、3機撃墜5機不確実のスコアを
残しています。搭乗機はニューポール17と24でした。
黒猫のマーキングをつけたそうですが、写真や塗装図があればよかったん
だけど。塗装図は同じラファイエット中隊のニューポール17です。

1918年3月に対空砲火で被弾して負傷、これで足が不自由になります
が、若い女性にたいしては効果的に使えたのだそうです。
この戦場での体験を戦後「Go Get Em!」という本にまとめたそうですが
残念ながら見つかりませんね。

終戦後は飛行機のスタントマンなどなどのあと、俳優そして映画監督へと
なっていくのですが、ダグラス・フェアバンクスに見出されたというのは
ハリウッドの「伝説」でしかないみたいです。

「ヒコーキ?」な話 | 20:25:07 | トラックバック(0) | コメント(0)
ウィリアム・V・スコールとラファイエット飛行隊
レイ ブラッドベリ
ウィリアム・V・スコールはハリウッド映画の名カメラマン。
戦前から、色彩映画・テクニカラー・総天然色映画などと呼ばれてきた
カラーフィルム映画の第一人者でした。
シカゴにうまれ、第一次大戦でアメリカ人の志願兵でつくったラファイエット
飛行隊の隊員としてフランスで戦ったパイロットでした。

私がこのことを知ったのは、作家のレイ・ブラッドベリがスコールをモデルに
短編を書いたためです。
写真の本に収められている「さよなら、ラファイエット」がそれです。

物語の内容はスコールとは関係はなさそうですが、彼の話に触発されて
この短編が生まれました。

ラファイエット飛行隊を調べると、確かにスコールの名前はありましたが
配属先はイギリスの206飛行隊になっていました。
本来のフランス軍の飛行隊ではなかったようです。

206飛行隊は発足が1918年1月から、爆撃・偵察の部隊でした。
その前身は戦闘機部隊の第6飛行隊。
スコールが所属したのがどの時期かがわかりませんが、206飛行隊が
確かなら、彼の搭乗機はデハビラントDH4かDH9ということになり
ます。

ブラッドベリの話にはいつもいいオチがありますが、彼とスコールとの
あいだにもいいお話がありました。

スコールが亡くなった後、遺言でブラッドベリはスコールが受賞した
オスカー像を譲り受けました。
ブラッドベリは、そのオスカー像をスコールの写真と一緒に書斎に飾り
ました。
尋ねてきた人がオスカー像をみて驚くたびに、ブラッドベリは懐かしい
友人の話をすることで故人をしのぶことができたというのです。

そうか、そういう追悼のしかたもあるのですねー。

「ヒコーキ?」な話 | 20:19:53 | トラックバック(0) | コメント(0)
くるみパン  名古屋に出るといつも買います
くるみパン
名古屋の駅の構内にあるパン屋さん「CAFE DANMARK」のくるみパンです。

名古屋にでかけるときは、いつも買って帰りのバスで食べます。
といっても、帰りに買っていこうとするといつも売り切れ。
人気商品なので昼過ぎには売切れてしまうのです。
それくらいのおいしさ。

きめの細かいパン生地のなかで、くるみの風味がとてもいい感じです。
名古屋駅に着いたら、先に買って目的地まで行くことにしています。

信州飯田の田舎暮らし | 20:53:18 | トラックバック(0) | コメント(0)
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まとめ