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しおチャン

Author:しおチャン
還暦、リタイアで子供にかえって60年代ヒコーキプラモを作っています。
信州飯田のなかば田舎、半分街中のどっちつかずの田舎暮らしを楽しんでいます。

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ちょこばななヴァッフル 飯田の老舗のお菓子
ヴァッフル
「欧風せんべい」の文字が入ったちょこばななヴァッフェル。
これは、せんべいなんですね。

飯田の老舗御菓子屋さんの田月の販売品です。
ばなな風味のクリームをはさんだ焼き菓子です。
長年、和風のおかしを作ってきたお店ですが、こうした
あたらしいものも扱わなくてはということなんでしょう。

おいしいとはおもうのだけど、正直言って味はふつうです。
田月に行って買おうというようなものではない感じです。

新しいことをしなければというのは分かるし、うまくいって
くれればいいと思うのですが。
飯田には和菓子の老舗がたくさんあって、それぞれに新しさ
を探求してもいます。和菓子の消費が落ちているからと、
なかには和菓子から離れた方向にいくお店もあります。

わたしはお茶が好きですし、和菓子も好きなので、そういう
のが少し悲しいですね。
できるだけ和菓子を買い続けて、和菓子屋さんがやっていけるように
後押しするしかないです。
いわば、飯田の文化のひとつだとおもいますから。

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信州飯田の田舎暮らし | 20:33:45 | トラックバック(0) | コメント(0)
戦時中、米軍空母を「見学」した唯一の日本海軍将校
零式戦闘機21型
歴史というのは本当に人の想像力を超えた事があるものです。
太平洋戦争のさなかの1943年、米軍の空母エンタープライズの艦内を
案内される一人の日本海軍将校がいました。

日本海軍の空母、隼鷹のゼロ戦パイロット大谷誠中尉。
中田整一さんの米軍の捕虜尋問センター「トレイシー」の本にでてくる実話です。

大谷中尉はガタルカナルをめぐる「い」号作戦でこの年の4月9日の戦闘で
F4Fワイルドキャットに撃墜されて海上に不時着。
捕虜になりました。
尋問をかたくなに拒否していたため、懐柔策として空母の見学を許可した
というわけです。
その成果はあったようですが、この大谷中尉の戦後については残念ながら
中田さんの本にはありませんでした。

写真はこの時期、空母隼鷹とともに2航戦の空母だった空母飛鷹の
ゼロ戦。母艦から陸上基地の作戦に転じたため、急ごしらえの迷彩
塗装をしています。

「い」号作戦はたくさんの母艦航空隊を陸上基地からの戦闘に投入して
消耗させました。
そのため、この時期連合艦隊は、ほとんど効果的な作戦ができないまま
事実上の活動停止となり、さらに大量の母艦パイロットを消耗したため
作戦能力をほとんど失っていきます。
このへんで、山本司令長官の用兵センスには疑問符をつけるべきなんだと
おもうのですが。

戦後になってわかってきたのは、日本の軍も政府も南方の油田地帯を
押さえること以外なにも考えていなかったようだということです。
そのため、作戦が常に受身の形なのが日本軍の特徴でした。
ガタルカナル戦にみるように、戦略的に重要になったからといっては、
その場その場の作戦を発動し続ける、いわば対処療法のような戦い方に
なっています。
大本営発表は華々しかったのだれど。



「ヒコーキ?」な話 | 21:00:12 | トラックバック(0) | コメント(0)
ねっとりと甘い西洋ナシ デュコミス
西洋ナシ デュコミス
めったに手に入らない西洋ナシ、デュコミス。
本名は長いのです。
ドゥワイエンヌデュコミスといいます。
短くコミスと呼ぶ人もいます。

栽培がとても難しくて、収穫量は普通の西洋ナシの1/15しかありません。
とっても珍しい『まぼろしの洋梨』です。
それを食べごろになるまで貯蔵したものを買ってきました。
実は下伊那農業高校の生徒さんたちの販売品。
そうでなければこんな食べごろのものは手に入りません。

ごらんのようにつやつやしっとりの果肉。
香りが高くねっとりとした甘さと食感。
すばらしいおいしさでした。

原産地のフランスの気候にあっているのか、普通に作られている品種
だそうですが、湿度の高い日本の気候にはあわないそうで、今後も
値段の高い希少種のままになりそうです。残念ですね。
でも高く売れる農産物として、将来性があるのかもしれません。

信州飯田の田舎暮らし | 20:41:19 | トラックバック(0) | コメント(0)
菊芋のココアと菊芋のビスケット、阿智村のかたが開発中
菊芋ココアと菊芋ビスケット
下伊那の南部の阿智村は、村を上げて菊芋などの
地域農産物の新商品を開発中です。

そのなかで、菊芋のココアと菊芋のビスケットを
いただきました。
健康食品として注目の菊芋の粉をいれたもの。
低カロリーとイヌリンなどの健康成分がうりです。

味はどちらもあっさりしてます。
こういうの、おいしいというのかなあ。
想像していたほどくせもなくてよかったけれど
健康系の機能を考えなければ、手を出すほどの魅力は
ないのじゃないだろうか。
あまいココアとバター風味たっぷりのビスケットを
選んじゃいそうです。

むしろ逆に、健康系を選ぶような体調の悪さを抱えてないのに
おいしさを我慢するのはいいことじゃないような気がするのですが。
育ち盛りの時期にこんなあっさり系だけの食生活をしていたら、
味覚が発達しないでしょ。
私から見ると、それは一生を棒に振るようなことだと思うのだけど。

菊芋の粉で消費拡大という方向はそれとして、
菊芋は菊芋として食べるのが一番ですよ。

信州飯田の田舎暮らし | 21:33:52 | トラックバック(0) | コメント(0)
漫画『ペコロスの母に会いに行く』、映画もみたいな。
ペコロスの母に会いに行く
漫画『ペコロスの母に会いに行く』は、岡野雄一さんの
漫画です。
認知症の母との暮らしを題材に、施設入居や介護を描いた
温かみいっぱいのお話です。
もともとは岡野さんの自費出版本でしたが、評判になって
単行本で刊行、16万部のベストセラーになったものです。

ペコロス(小タマネギ)は、はげあたまの岡野さんの愛称。
この頭をみると認知症の母親の気持ちがなごむのです。
息子さんを一人で育てながら、母親の介護をする生活は大変な
ことだったろうとおもうのですが。

認知症の母親を見て「忘れることは、悪いことばかりじゃない」
という著者の言葉には、温かい情愛を感じます。

この漫画を原作にした映画がいよいよ来月封切になるのだそうです。
観に行きたいです。
うちのおばあさんも似たような状態なのだけど、つれて行こうかな。
どんなことを感じるだろう。
そもそも、終わりまで観ていられるだろうか。


こんな本を読んでみた | 18:28:58 | トラックバック(0) | コメント(0)
ふしぎな甘み、食用ほうずき
食用ほうずき
食用のほうずきを初めて食べてみました。
ふつうのほうずきに比べてかなり小さいです。
実の大きさは直径1.5センチくらい。
最初は茶色なのが熟していくと、だんだん黄緑色→黄色になって
いくそうです。

ふかい甘みと酸味があって、実の中の細かい種がすこしザラっとして
なんともいいようのない食感でした。

ヨーロッパでは野菜というよりフルーツとして昔から食べてきた
ものだそうです。
フィサリスとかケープグースベリーとか呼ばれています。
日本ではまだ定まった呼び名がないようですが、食用ほうずきとか
ほうずきトマトなんていわれています。。

これを植えればそのまま増えていくようなので、畑やプランター
でやってみたいと思います。

信州飯田の田舎暮らし | 20:29:53 | トラックバック(0) | コメント(0)
九四式水上偵察機  ハセガワ 1/72
九四式水上偵察機
海軍の艦隊の眼、三座水上偵察機の傑作。
ドイツ海軍がライセンス契約を検討した唯一の日本機です。

零式観測機や95式水偵のような二座偵察機は、偵察と弾着観測が主任務
なのに対して、三座水偵は長距離索敵をおこないます。レーダー機器が未発達
の日本海軍にとっては、文字通り艦隊の眼だったのです。

その用途の機体としては傑出した能力を発揮しました。
ただ、時代は対艦水上レーダーの時代です。
レーダーによらずに早く発見するには、戦闘機並みの速度で早く索敵海面
を回ることしかなかったのですから、そうした機材を開発することが求め
られていたはず。
それが出来なかったところに、ミッドウェイ以降の敗戦の一因があったように
思えます。

後継機の零式三座水偵も世界水準を超えた偵察機ですが、本当に求められて
いたのは、彗星や彩雲ような高速艦上偵察機だったでしょう。

それをもっと早い時期に実用化できていれば。
あるいは陸軍の百式司偵の艦上型を実用化できていれば、戦史はずいぶん違った
ものになっていたかも、なんて思ってしまいます。

キットはハセガワの1973年ころの発売。
作例は、巡洋艦『那智』の搭載機です。
マーキングは日の丸以外は手書き。
ほかに例のない面白い塗装です。
のちに、このマーキングのキットも発売されました。

風防の形など難点も多いのですが、そんなことより、よくもこんな機体を
出してくれたものだとハセガワ社に感謝したいですね。


日本機 | 22:32:22 | トラックバック(0) | コメント(0)
大きくなったレモングラス。刈り取らなきゃ、、、でも。
レモングラス
庭で育てていたレモングラスを春に畑に入れてみました。
そうしたら1m以上の高さの大きな草むらになりました。
やっぱり、土と日当たりのよさがレモングラスには一番。

暖かい気候の植物ですので、露地では冬越しはできません。
そろそろ葉っぱを刈り取って乾燥させて、株は掘り出して
鉢に移して冬越しさせなくてはなりません。

でも、このところ休日になると台風が来て雨のために
乾く暇がないのです。
今週もだめそうですね。
11月にならないとできないみたいです。

大きくなった株は、いくつかに分けて庭に植えます。
うちの表の庭は、和風の庭なのですが、レモングラスなら
ススキの代わりに入れても違和感はなさそうです。
土止めにもなりますので、いろいろ利用したいですね。

葉っぱのほうは乾燥させて、お茶や料理の香りつけに
使えます。
レモングラスのすーっとした風味を夏だけでなく、この冬の間にも
何か生かせるものはないか、ゆっくり考えたいです。

信州飯田の田舎暮らし | 19:58:15 | トラックバック(0) | コメント(0)
マジシャンの戦いの本 『スエズ運河を消せ』
スエズ運河を消せ
第二次大戦のアフリカ戦線、ロンメルを相手にマジックで戦った
マジシャンのお話です。
奇想天外というのは、こんなことを言うのでしょうね。

デビット・フィッシャー著『スエズ運河を消せ』柏書房

ジャスパー・マスケリンはロンドンの有名なマジシャン。
その彼が北アフリカにわたって、ダンボールで作った戦車や兵士の
軍団や戦艦をつかって虚虚実実の駆け引きをくりひろげました。
マジックの技術を応用して、さまざまな方法で相手の目をくらませ
た異色の戦記です。
面白く読めました。

表題のスエズ運河では、サーチライトに24枚の反射板をとりつけて
四方八方に光を乱反射させるというもので、スエズ運河沿いにこれを
ならべてドイツ軍機の爆撃をそらすというものでした。

ジャスパー自身が飛行機に乗って効果を確かめようとしたところ、
パイロットが光に目がくらんで、危うく墜落するところだったそうです。
事実、スエズ運河は何度も空襲を受けながらも破壊を免れています。

このライトはイギリス本国の防空にもとりいれられたとか。

日本軍でも、硫黄島の対空戦の際に、対空砲座のまわりに球形のガラスを
ならべて光を反射させて、アメリカ軍機の照準を狂わせようとした話を
思い出しました。
規模はともかく発想は同じです。

でも、日本軍にはこんな奇想天外なプランは認めないでしょうね。
一人の発想の柔軟さが、人間の組織としての柔軟さまで広げられる
というのは、多分それを支えるだけの文化がその人間集団にあったという
ことなんでしょうけど。
当時のイギリス軍のどうしようもない官僚主義の別の面を見る感じがします。


「ヒコーキ?」な話 | 22:41:12 | トラックバック(0) | コメント(0)
今年育った藍の種
今年の藍の種
畑の藍は、もう花が終わって種が出来てきました。
小さな薄いピンクの花のかわりに、茶色のゴマ粒くらいの
種がなってます。

これを刈って、束ねて干しておいて来年春にまた種まきをします。
連作障害があるので、来年はまた別の場所に植えるのです。
ここまでは人の手を入れないと藍は育ちません。
人の手があったからこれまで続いてきた作物なのです。

来年の楽しみの仕込みをしている感じです。

信州飯田の田舎暮らし | 20:20:40 | トラックバック(0) | コメント(0)
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