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しおチャン

Author:しおチャン
還暦、リタイアで子供にかえって60年代ヒコーキプラモを作っています。
信州飯田のなかば田舎、半分街中のどっちつかずの田舎暮らしを楽しんでいます。

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ふたえもち 京都のおみやげ
ふたえもち
いただきものの京都の和菓子。
京阿月のふたえもち(双縁餅)おいしかったです。
京菓子の高級感よりも実際の味で勝負の方向ですね。
和菓子がより身近なものになるのは、うれしいことです。

下鴨神社の双葉葵にちなんで、葵の葉のかたち、中はつぶあんで
きな粉に宇治の抹茶がたっぷりかかっています。
この抹茶の風味がきいてました。

葵の葉というより、ハート形で縁結びとしたほうが
ストレートに伝わりそうですが、いかにもベタすぎて
お店側では嫌なんでしょうね。

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信州飯田の田舎暮らし | 22:59:19 | トラックバック(0) | コメント(0)
小林カツ代さんの本です。
ウハウハコンビニまともな食事
料理研究家の小林カツ代さんが亡くなりました。
パワーたっぷりの元気なおばさんとして、昔テレビで見ていました。
まだまだ活躍してほしい方なのに、本当に残念です。

この方の書いたご本。
「ウハウハコンビニまともな食事」1995年 立風書房刊

コンビ二で手に入る材料を使って、おいしいご飯をつくる
レシピ本です。
今と違って20年前のコンビに売っている食品といえば
お菓子類以外では、本当に限られていました。
そこに目をつけて、さらに体にいい食事にするアイデアを
提供するところが、この方のパワフルな開拓者精神ですね。

缶詰やレトルト・冷凍食品などを、えーっと思うような方法で
大胆に切り込んでいっています。
今のコンビニは、いろんな食事を手に入れられますけれど、
この本は、さらに一歩からだにいいという方向に進める
知恵が満載だと思います。

ついでにもう一冊、小林カツ代さんの本
「空とぶつけ毛 抱腹絶倒事件簿」1997年 ベネッセコーポ刊
文字通り抱腹絶倒のご本です。
私は、この系統の本が大好きですね。
こんな本をもっと書いてほしかったです。

こんな本を読んでみた | 21:01:48 | トラックバック(0) | コメント(0)
この蜂蜜がおいしいです。
アカシアの蜂蜜
信州アカシア 国産純粋はちみつのラベルがついた
瓶詰めのはちみつ。
生活クラブが販売するこの蜂蜜は確かにおいしいです。

色がうすくてあっさりとした甘さです。
わたしは、プレーンのヨーグルトにこの蜂蜜をティスプーン一杯
を混ぜていただいています。
ヨーグルトの味わいがうんと深くなるように感じています。

この蜂蜜は、長野県の安曇野にある12軒の生産者グループが
集めた蜂蜜を使って作られているそうです。
日本のアカシアは、本当はニセアカシアと呼ばれる別種の木なのですが
蜂蜜に関する限りでは、アカシアの蜂蜜よりも上品な味わいとされて
いるようです。

蜂が集める蜜ですから、他の花の蜜が混じっても当然なのですが、
安曇野のこの農家では、蜂蜜を集める時期に咲いている花はアカシア
だけなのだそうです。
もともと戦後に燃料として使うために、早く育つアカシアを植林した
ことから、ここにはアカシアの林がたくさんあるそうです。
日本全国のアカシア(ニセアカシア)もそんな目的で広く植えられて
きたのだとか。
蜂蜜を採るためではなかったのですね。

安心な蜂蜜の探し方。
表示に「純粋」と書いてなけければ、混ぜ物があるおそれがあります。
「公正取引」のマークがあること。
へんに安いものは疑ってみるべき。

それと蜂蜜は、アレルギーの心配があるので乳児には与えないことです。



信州飯田の田舎暮らし | 21:59:36 | トラックバック(0) | コメント(0)
昔のキットの絵 やさしさを感じるのです
ホーク社の取り説の絵
私は、子供のころとても不器用で鈍くさい子供でした。
今もたいして変わってませんが、それが、
こんなプラモ漬けの人間でいられたのは、
多分、そのころのメーカーの大人たちのやさしさのおかげ
ではないかと思っています。

お小遣いをはたいて買ったキットを作れなくて、子供たちが
悲しい思いをしないようにという、大人の気遣いがあったように
思えるのです。
だから、脚柱は電柱のように太くなくてはならなかったし
部品割はできるだけ簡単にして、接着剤も同封してなければ
ならなかったのです。

まあ、胴体のほぞ穴の位置がずれていて組めないというような
成型技術が気持ちに追いついていないキットもたくさんありましたけど。

写真は1962年発売ホーク社のP-51ムスタングの取り説の絵。

上は、塗料はかならず専用のエナメル塗料を使うこと。ラッカーを
つかうとプラモがとけてしまいます、というもの。
その下は、接着剤をつけすぎるとプラモがとけて柔らかくなっちゃう
という注意。
右は、アンテナ腺をはるのは、経験のあるモデラーだけにしましょ
というもの。
どの絵も、このムスタングのキットのためだけに書かかれた、
子供むけのたのしい絵。

絵からメーカーの人たちのやさしい気持ちが伝わってきます。
お店の人たちもそんな風でした。

今は、アニメものキットでないとプラモにふりむく子供はあまりいない
かもしれません。
プラモに群がるのは、へんなオタクおじさんばかりだったりして。
だから、やさしさなんてなくていいやって。
わかんないわけじゃないけど、うーっ、ちょっとさみしいね。

アメリカ機 | 19:06:11 | トラックバック(0) | コメント(0)
プライマリーグライダー  ハセガワ 1/50
プライマリーグライダー
今、世界屈指のプラモメーカーになったハセガワ社のプラモ
第一作のキットは、このグライダーでした。
1961年にこの初級グライダーと中級グライダー・ソアラーの
三種類のグライダーが発売されました。

10年くらい前に再販されました。
おかげで国産キットでは、多分唯一のグライダーをシリーズでつくることが
出来ます。

なぜグライダーだったのかについて、社長は、当時各メーカーからは
零戦や隼がどんどん出ていて、同じものを作るのに抵抗があったから
といってます。
だからなぜグライダーになったかについてのコメントはないんですね。
営業的には失敗するだろうことは、きっと分かっていたのでしょうが。

この初級グライダーのキットは、機体本体の部品点数がたったの9個。
ほかに張り腺用のピン12個と糸、スタンドがつきます。
モールドがちょっとというのはしょうがないとしても、まだ満足できるような
射出成形の技術を持てていなかったのだなあと思えます。

この初級グライダーは戦後、日本の航空禁止令が解除されたあと、戦前の
グライダーを復活させたものです。
もとはスエーデンのSG-38という1938年設計のベストセラー。
ドイツ空軍の訓練にも使われています。
日本でもこれを参考にして、はと14型や文部省一型などの国産グライダーが作られ、
民間や海軍で使われました。
陸軍のほうはグルナウ9型をキー24として量産しました。

グライダーのプラモキットは、ヨーロッパでは根強い人気があるようで、
私の知っているだけでもこれまでに20種くらいは出ているようです。
商品名をSG-38の名前に変えて売り出せば、まだ充分売れるんじゃないか
と思います。




ドイツ機 | 19:47:41 | トラックバック(0) | コメント(0)
冬の夜はぎんなんを炒って
ぎんなんを炒ってます
私の家の暖房はさまざま。石油ストーブ・ガスストーブ・オイルヒーター
ほとんど使わないけど電気ストーブも。
オール電化なんて、災害時に生きてけませんから。

なかでも基本は石油ストーブです。
それも、ファンヒーターじゃなくて、安い燃焼塔形のタイプ。
これでないとお湯も沸かせないし、料理にもつかえませんから。

寒い日にストーブに鍋をのせて、コトコト煮物をなんていうのが
いいのです。

今夜は、ぎんなんを入れたフライパンをのせて、ときどき動かしたりして
炒ってます。

ちょっと焦げ色がついたかどうか位で、くるみわりにはさんで
パキッと割って、ろくに薄皮も取らないまま口にほおばります。
ぎんなんの少し青臭いような食味が、冬の夜にはいい感じですよ。

信州飯田の田舎暮らし | 22:34:20 | トラックバック(0) | コメント(0)
終戦時の海軍の保有機数 古い航空情報の記事
海軍の保有機数
昔の航空情報を繰っていると、面白い記事に出会いました。
航空情報1981年3月号、秋元実さんの記事。

終戦時に、連合軍司令部の求めに応じて、海軍省軍務局が作成した
基地別、機種別の保有機数の一覧表が見つかったというものです。

記事によると昭和20年9月1日時点の保有機数とのことです。
その一覧表も載っていて、たとえば
奈良の大和基地には、紫電(改)62 彗星3 彩雲3
一式陸攻4 九三中練81 陸軍機2 といった具合です。

内地・外地合わせた総数で、7797機。
ただし、試作機や実験機・桜花やグライダーは含まれていないそうです。

機種別で一番多いのは九三中練が2791機、零戦は1127機。
第一線機では、紫電(紫電改)376機・雷電174機、彗星317機・
天山187機・銀河182機・一式陸攻162機。

実際に戦闘に使える機体は2500機くらいのようです。
この数字は、もちろん修理機も含めてでしょう。
終戦直前は補給部品の入手ができず、一部の部隊を除いて稼働率は60%
くらいまで落ちていたものと思われます。

個別に見ると、静岡の藤枝基地の彗星44機は芙蓉部隊といわれた夜襲部隊
でしょう。
広島の福山基地には晴嵐8機が残ってたんですね。

千島の占守基地に九七艦攻3機の記録がありますが、このリストがつくられた
時には、ソ連の上陸軍を迎え撃ったことを搭乗員の手記で読みました。

残念ながら陸軍機については、こうしたリストが残ってないのですが、
だいたい同じ規模の残存機があったものと思っていいのでしょう。


「ヒコーキ?」な話 | 21:28:30 | トラックバック(0) | コメント(0)
戦争中の映画「つばさの凱歌」 よくできた映画でした
つばさの凱歌
昭和17年上映の東宝映画「つばさの凱歌」です。
ようやく見ることが出来ました。

なにしろ、脚本に黒澤明が参加して、監督は山本薩夫ときてますから。
両方とも未来の巨匠、その若いころの作品です。」
国策映画でなければ映画を作る事の出来なかった時代、
数少ないチャンスに持てる力を精一杯つぎ込んだことが
影像に表れているように感じられました。

民間飛行士の親を亡くして兄弟として育てられた二人の
操縦者と、隼戦闘機の開発秘話を織り込んだストーリー
でした。
子供たちと母親の影像のみずみずしい躍動感はすばらしいですね。

飛行機映画としてみても、見所満載です。
陸軍機を中心に、いろんな機体が登場します。
隼の飛行シーンは、ほかのどの映画よりもたっぷりと
みられました。

圧巻は、ラストのB17爆撃機との空戦シーン。
ジャワで捕獲したB17Dが銀ピカの塗装のまま登場します。

隼の編隊で何度も何度も反復して、ようやく撃墜するあたりは
とてもリアルですね。実際の空戦では、そんな長々と空戦できる
ような幸運な状態はありえませんが。

とても満足できた映画でした。




「ヒコーキ?」な話 | 21:38:46 | トラックバック(0) | コメント(0)
猫好きの人の絵 国芳っていいですね。
国芳の猫
最近知ったのですが、浮世絵の一勇斎国芳は無類の猫好き
だったそうです。

数十匹の猫が家の中をうろつき、絵筆を執るときも、
懐に子猫を入れたままだったり、猫の逸話が残っています。
日常のスケッチに、猫は格好の対象だったのですね。

画家の藤田嗣治も同じように猫のスケッチで腕をみがいた
といいますから、画家にとって猫は良いお友達のようです。

写真は国芳の「猫のすずみ」。
団扇の絵柄です。
こんな団扇で夕涼みもいいですね。

数十年前に買った画集をくっていくと、猫の絵がたくさん
ありました。
当時はそんなこと気づかなかったなあ。

我が家の猫が亡くなってから、もう5~6年になりますか。
また、飼う日があるでしょか。

信州飯田の田舎暮らし | 19:56:29 | トラックバック(0) | コメント(0)
白いサツマイモ こがねせんがん。おいしいですね。
こがねせんがん
先日、産直のお店で買ってきた白いサツマイモ。
名前は、こがねせんがん、白芋とも呼ばれる一族のようです。
長さ30センチ以上、重さ1kgくらいありました。

でも、これは紅あずまや紅小町などのさつまいものもとになった
品種だとか。
収穫量が多く、でんぷん質もおおいので、焼酎の原料にも
さかんに使われているそうです。
食べてもいけますね。
今日は、半分ふかして、てんぷらにもしてみました。
どちらもとてもおいしい。

紅あずまなどの甘い品種はおいしいけれど、どちらかというと重い食感です。
こちらは甘さひかえめで軽い印象です。
しかも独特の旨みを感じました。
だから、ふかしたあと冷えてもおいしいです。
てんぷらも、からっとしたおいしさ。
これはいいお芋です。

機会があったら、是非試してみてください。

信州飯田の田舎暮らし | 20:58:16 | トラックバック(0) | コメント(0)
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