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しおチャン

Author:しおチャン
還暦、リタイアで子供にかえって60年代ヒコーキプラモを作っています。
信州飯田のなかば田舎、半分街中のどっちつかずの田舎暮らしを楽しんでいます。

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ツツジ・ミヤコワスレそれに牡丹、みんなきれいです。
庭のツツジがいい具合に咲いています。
もう初夏のような陽気の日が続いてます。
でも、まだこれが咲いているうちは、もうすこし季節のうつろいを
感じていたいですね。

ツツジ

ミヤコワスレの花です。
日本固有種。清楚な美人ですね。
半日影が大好きなようです。

ミヤコワスレ

牡丹の花です。
大輪で目を引きます。
これは太陽の光が大好きです。

牡丹


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信州飯田の田舎暮らし | 22:28:40 | トラックバック(0) | コメント(0)
アンサルドSVA5 SMER 1/48
アンサルドSVA5

第一次世界大戦の末期にイタリアの戦闘機として登場
したアンサルドSVA5です。
220馬力で最大速度230km/h。
終戦までの短い間に、高速と運動性を両立させた
すばらしい戦闘機であることを実証しました。

1920年代までにおおくの発達型が作られました。
日本までの長距離飛行を成功させて、1970年の万博のときに
イタリアからこ゚の機体のレプリカが寄贈され、今は浜松基地の
広報館に展示されています。

sva5

アンサルド社はのちにフィアット社に吸収されていますが、
この機体のW型の翼間支柱の構造がよほど気に入った
のでしょう。
フィアット社の複葉戦闘機には最後のフィアットCR42まで
ずーっとこのW型翼間支柱が使われています。

SMER社のこ゚のキットのもとは、昔のアルテプラスト社の
1960年代の製品です。
発売当時から、このライオンの派手はでマーキングでした。
なつかしいな。


イタリア機 | 21:11:44 | トラックバック(0) | コメント(0)
名古屋の続き。市電・地下鉄のレトロ電車館
缶ビール

豊田市の浄水駅まで歩いて腹ごしらえと思ったら、
駅前には居酒屋どころか飲食店もなにもなし。
しょうがないので、バローで缶ビール。

駅前ベンチで同行のオジサンと二人で恒例のベンチ酒盛りと
なりました。
ヤッホーの東京ブラックとヤッホー水曜日ネコ。
二軒茶屋の熊野古道ビール。
エチゴビールのプレミアムエール。
バローの缶ビールはなかなか充実しております。

そういえば、駅の周りに何もないというのは名古屋近辺では
よく見ますね。
飯田線は田舎だけれど、いわゆる秘境駅以外ではそんなこと
考えられないのですけれど。
都会なのに貧しいなあ。

ちょっと渇きがいえたところで、地下鉄赤池駅の
レトロでんしゃ館へ。

レトロでんしゃ館


名鉄の日進工場わきのちいさなミュージアム。
こんなところがあるなんて知りませんでした。
入館無料のわりに展示は意外と充実してます。
それもそのはず、日進工場技術者たちの同好会が
支援をしているんですね。
古い市電がいくつもあって楽しかったです。

信州飯田の田舎暮らし | 21:46:01 | トラックバック(0) | コメント(0)
毎日のようにいろんな花が咲きだしてくれてうれしいです
ボリジの花

連休も間ちか。天気のいい日が続いています。
そのせいか新しい花が次々に咲きだしています。
ああ、今年もこの花が見られました。
うれしいですね。

ボリジの青い花。
葉っぱをサラダにして食べるハーブです。
今年は食べてみようかな。

かぶの花

こんな花まで咲きだしました。
去年取り残した畑のかぶの花。
野菜の花もなかなかきれいですね。

大根の花

これは大根の花。
やはり去年暮れに取り残した葉大根から咲きだしました。

信州飯田の田舎暮らし | 19:42:34 | トラックバック(0) | コメント(0)
4WD者でオフロードを疾走 さなげアドベンチャーフィールド
さなげアドベンチャーフィールド

名古屋市郊外のさなげアドベンチャーフィールドにいってきました。
4WD車専用コースを備えたアウトドア施設です。
自衛隊の高機動車の民間型メガクルーザーで遊覧コースを
楽しんできました。

こんなところを自動車で走れるのかと思うコースを
どんどん走ります。
ビックリしました。
普通の4WD車ではとても無理。
車持ち込みの人は大きなタイヤをつけた改造車ばかり。
それでもどうやって走ろうかと思案するコースでした。

岩だらけのコース

シャフトでも折ったら帰れなくなりそう。
やっぱり4WDファンには人気のようで大勢の来館者があって、
5人ばかりのスタッフではこなしきれないくらいでした。
そのため、車両転倒脱出訓練ができなかったのは残念でしたねー。

メガクルーザー

メガクルーザー。
トヨタでもう生産していないのですね。
すごいパワーでしたよ。
たのしかったー。

信州飯田の田舎暮らし | 20:34:27 | トラックバック(0) | コメント(2)
中華菓子、行きつけの中華料理店「山水楼」のお菓子
中華菓子

昔から行きつけの飯田の中華料理店「山水楼」の
中華菓子。
いろいろ種類があっておいしいのです。
その中からパイとクッキーを六種類。
名前を書きたいけれど、みな該当する漢字がないので
内容だけ。

右上から、小豆あんの菊花模様の新製品
中がヤシ粉とゴマのクッキー
左上がバターと卵あんのパイ
下右がオレンジピールのクッキー
中が杏仁あんのクッキー
下左が小豆あんとゴマのパイ

日本ならお饅頭にあたる庶民的なお菓子です。
値段もお饅頭とおなじくらい。
カミさんと半分に切って、個性的な味わいを楽しみました。

信州飯田の田舎暮らし | 21:07:43 | トラックバック(0) | コメント(0)
ロッキードEC121 ウォーニングスター レベル 1/128
EC121 ウォーニングスター

ロッキードの旅客機、スーパーコニーを軍用機にしたC-121。
これに大型レーダーをつけた早期警戒機EC-121ウォーニングスター。

ちょうど60年代から70年代にかけてベトナム戦の時期に使われました。
早期警戒機は全方向をレーダーで監視して、航空機やミサイルを
探知するものです。空中から警戒するため、低空を飛ぶものも見分け
られます。
北ベトナムのミグや対空ミサイルの迎撃をいち早く探知して、
米軍機を誘導しました。

EC121


レベル社のキットは翼の裏に1958年の刻印があります。
スーパーコニーとして発売した旅客機型の金型を変更して、
大型レーダーの部品を追加したものです。
胴体の乗降ドアが民間型のままですが、気にしない気にしない。

優雅な機体ラインをしたスーパーコニーがこんなお相撲さんみたいな
姿になっちゃってと嘆く方も多いのですが、まあこれはこれでなかなか
いい味のある機体です。

レベル社のこの半端スケールもなかなかいい出来です。
スーパーコニーはモノグラム社からも半端スケールがでてました。
こちらも傑作との定評がありました。
いつか作ってみたいものです。



アメリカ機 | 20:23:47 | トラックバック(0) | コメント(0)
いろんな花が咲きだしています。
PAP_カイドウ

暖かくなって庭にいろんな花が咲きだしています。
カイドウのピンクの花。
桜とはまた違った趣があって好きな花です。
昔の中国では美女を表すお花だったそうです。

ぼけの花

ボケの花です。
一つの木に赤と白の花が咲くのがおもしろいですね。
白い花のはなびら一つだけ赤というのもあります。
まだ小さな枝で、去年は地面のすれすれに花がついてました。
今年は少しだけ花の位置がたかくなったような気がして
うれしいです。

水仙

名前がわからないけれど、水仙の一種です。
茎や葉は他の水仙とおなじなんですが、花の形が
独特ですね。
これもここ数年で増えてきて庭の中で群生しています。

信州飯田の田舎暮らし | 22:02:28 | トラックバック(0) | コメント(0)
奥本大三郎 「捕虫網の円光」
補虫網の円光

虫の嫌いな人はけっこう多いみたいですね。
小さな頃は好きでも大きくなると嫌いになるのは
なぜなんでしょうね。

昆虫の大家、奥本大三郎さんの本はどれも面白いけれど、
その虫好きがこうじて書かれたのが、この昆虫の標本商、
ル・ムールトの伝記です。

ル・ムールトは20世紀初めの世界的に有名な標本商です。
当時は博物学の全盛期。
世界中の博物館や蒐集家が珍しい昆虫を欲しがっていました。

ル・ムールトはフランスに生まれ、南米ギアナ植民地の刑務所
の役人になります。
そこで囚人たちに蝶などの珍しい昆虫の採集をさせて、それを
ヨーロッパで販売しました。そしてそのお金を出所する囚人に
もたせました。
映画「パピヨン」でダスティ・ホフマン演じる囚人が蝶を捕まえていた
のがそれです。

私には面白い伝記でした。
奥本大三郎さんの所蔵標本のカラー写真も載っていて。
博物学黄金期の20世紀初めの社会の様子もわかって。
でも昆虫好きでないとちょっと無理かなあ。

こんな本を読んでみた | 21:08:20 | トラックバック(0) | コメント(0)
食べる東北支援、忘れていませんよ。
食べる東北支援、忘れていませんよ。

岩手県釜石市の重茂漁協(おもえ と読むんですね)が
作ったさば缶しょうゆ味。
2個パックで売られています。
缶には印刷なし。

震災直後に缶に印刷する前の缶詰が大量に残って、
無印のまま売り出していました。
3年たったいまもそのまま出荷しています。
印刷なしの缶詰が、復興支援のシンボルになっている
感がありますね。

毎年3月にはマスコミが大々的に震災何年の報道をします。
それから一月たった今、なんとも忘れがちになってしまいます。
だから自分なりに意識して東北の食材を買うことで、
食べる東北支援を心がけています。
忘れていませんよといいながら。

信州飯田の田舎暮らし | 20:09:24 | トラックバック(0) | コメント(0)
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