■translate this blog into

■プロフィール

しおチャン

Author:しおチャン
還暦、リタイアで子供にかえって60年代ヒコーキプラモを作っています。
信州飯田のなかば田舎、半分街中のどっちつかずの田舎暮らしを楽しんでいます。

■カテゴリ
■最新記事
■最新コメント
■最新トラックバック
■月別アーカイブ
■フリーエリア

■フリーエリア

■検索フォーム

■RSSリンクの表示
■リンク
■ブロとも申請フォーム
■QRコード

QR

Kingfisher ボートOS2Uキングフィッシャー モノグラム 1/48
oa2u

アメリカ海軍の「艦隊の眼 フリートアイ」として大戦の全期間にわたって戦艦・巡洋艦に
搭載された、ボートOS2Uキングフィッシャー水上機です。

二座水上機なのは弾着観測が主目的なため。
日本海軍で艦隊の眼といえば、弾着観測の二座水上機よりもむしろ長距離偵察をする
三座水上機が主役の座にいました。
おなじ艦隊の眼といっても米海軍と日本海軍では性格が違ってますね。

米海軍では、日本の三座水偵の役割は、空母の雷撃器か長距離飛行艇が担っていました。
また、対空レーダーが普及してからは、艦隊の眼といえば潜水艦狩りをする対潜哨戒機を
さす言葉になっていきました。

bo-to

OS2Uキングフィッシャー

モノグラム社のキングフィッシャーは1966か67年の発売品。
モノグラムが最盛期のころのキットで非常に優れたでき、作って気持ちのいいプラモです。
ツクダやハセモノなどからも販売されていました。

やはりデカルがだめになっていてデカルリペアやマークセッターのお世話になりました。
イエローウィングに銀の胴体、黒の尾部のシックな塗装は戦艦コロラドの搭載機です。
VO-4の所属機ですが、写真からは翼のウォークウェイの線が書かれていたかどうかは
わからないけれど、あったほうがかっこいいので書き込みました。



スポンサーサイト
アメリカ機 | 19:07:06 | トラックバック(0) | コメント(2)
二式大艇のテストをした人 「テストパイロット 森川 勲の生涯」
テスパイ

南堀英二 著 「テストパイロット 森川 勲の生涯」

戦前の日本の飛行艇を生産していた川西航空機のテストパイロットだった
森川 勲の伝記です。
二式大艇の搭乗者の手記はいくつかありますが、製造側から見た話は
とても貴重です。

生産された二式大艇は、すべて工場出荷前にこの飛行士によってテスト
飛行しました。
大戦末期には試験中に米軍機におそわれて、満身創痍の二式大艇で
不時着したこともありました。

川西のテストパイロットですから、ほかにも強風から紫電改、極光の試験
も行っていて、興味深い話が収録されています。

先日キットを紹介したフェアチャイルドF91のテストも木更津に行っておこなっていて、
「陸上機としての離着陸はやさしいが、水上機としては発動機が単葉の上にある
ので操縦性・安定性が悪く、発動機を全開すると水をかぶって4,5秒は前が
全く見えない。」という評価をしています。

文庫版とはいえ700ページのボリューム。
読み応えある飛行機本でした。

「ヒコーキ?」な話 | 19:03:26 | トラックバック(0) | コメント(4)
庭の花たち、水仙、レンギョウ
すいせん

水仙の花が咲きだしました。
庭で最初に咲くのは、毎年この黄色のものです。
先日まで寒かったせいか、今年は少し遅めでしょうか。

rengyou

レンギョウの枝は去年強めに剪定しているので、今年は花がほんの僅か。
数本でいいからもう少し枝を残せばよかったー。

ヘロン

エアフィックス社のちょっと古いキット、デハビラント・ヘロンです。
戦後の中距離旅客機、双発のデハビラント・ダブを大型化してエンジンを四発に
したもの。
日本の航空会社でも使われました。
昔のエアフィックスマガジンにヘロン→ダブへの改造記事があったような。
もう一個キットがあればやってみたいところだけれど、とりあえずこのヘロンを
完成させないとです。

信州飯田の田舎暮らし | 20:23:20 | トラックバック(0) | コメント(2)
詩人の自伝の最高峰、金子光晴「詩人」
金子

日本の詩人のなかでも独自の頂点に立つ金子光晴。
その自伝には今回読んだ「詩人」とさらに10年くらい後にかかれた
「絶望の精神史」の二冊があります。
どちらも自伝としての評価が非常に高い本です。
今回の「詩人」は、昭森社の金子光晴全集第5巻に収録されています。

「平々凡々たる典型で、その故にこそ、凡々たるじぶんから脱却したくて、
謀反を起こして、収拾のつかない結果をひき出し」てきた。
何回もの「血のさわぎ」の軌跡を、60才を区切りとして回想しています。

戦前戦後を通して、日本にもなじめず、かといって海外に行っても違和感を
感じ、いる場所がない閉塞感を抱えながら生き抜いた精神の軌跡は、そのまま
社会を外側から冷静に見つめた記録になっています。
私などには理解できないこともありますが、一つ一つのできごとが生き生きとしていて
とても面白いのです。

一人息子を徴兵から守るために寒風にさらす父親であり、空襲を予想して
いち早く田舎に疎開する行動の人でもある。
「やはりこの戦争は、僕にとって、恥辱としか思えなかった。マレー蘭印を通ってきた
僕は、つぶさに植民地の支配者たちの積年の悪と、その結果を見てきて」、「結局それは
薄汚い利害の争奪戦である」
バケツリレーなどやめてすぐに逃げること、と説く隣組の班長さんでもありました。
非協力の貫き方も金子独特の図太さがあります。

「ふりかえって、さて、僕の生涯で、なにがのこるだろう。それは、僕が、僕のやり方で、
僕の人生を愛したということだけではないか。」
この言葉が一番、金子光晴らしいのかもしれません。


こんな本を読んでみた | 20:15:27 | トラックバック(0) | コメント(0)
Savoia Marchetti サボイアマルケッティSM79  スマー 1/48
サボイアマルケッティSM79

チェコのスマー社のサボイアマルケッティSM79爆撃機は、もとは
昔々のイタリア アルティプラスト社の1960年代の金型品です。
正確には1/50スケールになります。
翼幅50センチ近くのおおきさは完成するといい感じです。

金型がかなり傷んでいますし、もともとアルティプラスト社のキットはだいたい
合いが悪いので組むのは大変でした。
とくに両側のエンジンナセルはまるで翼とあいません。
かなりの補強とすきまのパテ盛りが必要で、ここがこのキットの一番キビシイ
ところ。
ここをクリアすれば、なんとかなります。
工作を楽しめるよいキットでしたー(笑)。

sm79爆撃機

sm79

キットにはイタリア空軍とスペイン内戦時・ユーゴスラビアのマーキングが用意されています。
スペイン内戦時のマークが魅力的。
古いキットでデカルはパリパリ状態のため、デカルリペアとマークセッターが
必要でした。

SM79というと、エアフィックスの1/72キットでこういうものというイメージを持って
しまっているなあと今回作ってみておもいました。
実機の写真を沢山眺めてみたんですが、一機一機の細部塗装にとても大きな違いが
あるんですよねぇ。

同じ時期おなじ地域の同じ部隊の機体でも、エンジンカウリングの白線の幅が全く違ってたり
そもそも白線ではなかったり、胴体下面のゴンドラ側面も迷彩色がはいったり、
プロペラにメーカーマークがあったりなかったり、プロペラ裏面に白線が入っていたり。
イタリア機の塗装は個別の違いがあって、コリコリに凝る甲斐がありそうですねー(笑)。


イタリア機 | 15:57:11 | トラックバック(0) | コメント(2)
地物の新タマネギがおいしいですね。
しんたま

地物の新タマネギがでまわってきました。
さっと切って削り節とお醤油でシャキシャキした歯触りを楽しみます。
甘みがあっておいしい。

切った後少し水にさらして、、、と書いてあるレシピをよく見ますが、
それではせっかくの栄養分が水に溶け出してしまいます。
切ったものを10分くらいまな板の上に広げておくだけで、少ししんなりします。
それをそのまま使えばOKです。

食べた後もタマネギの香りが口の中に残る感じがいいですね。

フェアチャイルドF91

アズール社のフェアチャイルドF91水陸両用飛行艇のキットです。
頭の上にドーンとエンジンを置いた姿がなんとも目を引く飛行機ですね。
面白い形をしていますが少しミステリアスな飛行機でもあります。

もともとパンナムが中国の揚子江で使う旅客機として開発させていたんですが、
日中戦争でとりやめになったんです。
生産中止までの間に作られた機体の数に諸説あって、今は4機となってますが
ほかに8機生産という説もあります。

組み説には日本に2機輸出されたなんて書いてます。
まことしやかに2機の塗装図まで乗せた海外雑誌もあります。
ブラジルで2機、スペインで1機、日本に2機、イギリスに1機、ほかにアメリカに
1機現存となると生産4機じゃ足りないのですね。

どれがホントかわかりませんが、権威ある?日本航空機総集の輸入機編では
昭和11年に海軍が1機輸入となってます。
私的にはじつはもう1機あって揚子江で昭和商事がアヘン取引に使ってたなんて
いうサスペンス小説のネタになればいいのになあ(笑)と、想像を膨らましております。



信州飯田の田舎暮らし | 17:06:12 | トラックバック(0) | コメント(0)
ミルMI-1 ヘリコプター  VEB 1/100
mi-1ミル

ミルMI-1はソ連最初の量産ヘリコプターです。
初飛行は1948年、3~4人乗りの小型多用途へりとしてソ連・ポーランドなどで
2500機ほどが使われました。

ミル設計局はたくさんのソ連のヘリを生みだしてきました。
創設は1947年。
私が驚くのは、局長のミハイル・ミーリの出自がユダヤ系の軍人の家ということ。
この出自で粛清の時代を生き延びるのは珍しいと思うのですが。
シベリア在住で中央から遠かったということで免れたのかもしれません。

ミル設計局と呼ぶのに慣れていますが、ロシアではミーリと呼ぶそうです。

ミルmi-1

mi-1

キットは旧東ドイツのVEBの1/100スケール、小さな小さな可愛らしいプラモです。
1970年代の発売品らしいですが、当時の平均的な東側キットのでき。
緑一色の軍用ヘリでは魅力がないので、アエロフロートの連絡機の塗装を
探し出しました。

興味があったわけでもないのですが、ネットでこんなの誰も作らないだろうなという
プラモを見ると、作ってあげないとなんて思ってしまうもんだから(笑)。

ロシア機 | 23:08:12 | トラックバック(0) | コメント(0)
「夜のモデラー見習い」のトイプーじゅんさんと相互リンクしました。
夜のモデラー見習いのトイプーじゅんさんと相互リンクを始めました。
うれしいですー。
トイプーじゅんさんは現在、英国在住、見習いなんてご謙遜。
わたしと同年代くらい?の数十年来のモデラーです。
今、トーネードのヨンパチを制作中。
丁寧な作りはガチャガチャお手抜きで作る私にはまねができません。

左下のリンク欄で「夜のモデラー見習い」をポチっとして、トイプーじゅんさんの
世界をご覧ください。

リパブリック シービー

これは終戦直後にサンダーボルトで有名なリパブリック社が販売していた民間水上機、
リパブリックRC-3シービー。
アメリカでは、終戦でたくさんのパイロットが帰国して民間機市場は売れに売れて、、、
という皮算用をどの製造会社もしてたんですが、みんな当てが外れたんですね。

この飛行機は形が面白いので結構人気があったんですが、製造コストがあがって
作れば作るほど赤字が膨らんで1000機以上つくったところで販売中止。
以後リパブリック社は二度と民間機には手を出さなかったんです。
よほど懲りたんでしょう。

いまでもアメリカでは人気があって、たくさん現役でとんでます。
昔、ショーン・コネリーの007にちょっとだけ出てました。

グレンコモデルのこのキットは1950年代初め、リンドバーグ社の前身、
オーリンというメーカーから販売されていたものです。
機体全部が透明パーツで作られている(つまり窓の透明パーツを省略できる)
というメーカーにとっては省力化された?驚きのキットです(笑)。

信州飯田の田舎暮らし | 14:23:45 | トラックバック(0) | コメント(4)
根曲がりタケとサバ缶の味噌汁、つくってみましたー。なまらうまい!
味噌汁

北海道のテツさんに教えていただいた「根曲がりタケとサバ缶の味噌汁」
作ってみましたー。
味噌汁とサバ缶はまったく予想外の取り合わせです。
どんなかなー。
おお、ボリュームがあっておいしい!
味噌汁というよりメインのスープ一品という存在感です。
しかも体が温まるー、さすが北国の味です。
なまらうまい!
「ガンプラのある日常と」のテツさん、ありがとうございましたー。

s6b

シュナイダーカップを永遠にイギリスにもたらした、スーパーマリンS6B競速機のキットです。
ロシアのアークモデルの発売品、もとはフロッグ社の1/72スケールの1950年代の金型品。
当然、今の目では出来はすこし厳しいかな。
エアフィックス社からもやはり1950年代のキットがありましたが、今は入手は無理。
1/48では昔々のホーク社のものがテスター社からでてましたが、20年くらい前に一度見たきり
です。

つまり、だれでも入手できる最近のキットは皆無なんです。
航空史に燦然と輝く飛行機なんだけど、キットとして売れるかというと手を出すメーカーはない
のですね。
こうなるとオールドプラモに頑張ってもらうしかないのですよ。

信州飯田の田舎暮らし | 19:44:58 | トラックバック(0) | コメント(6)
北海道の根曲りタケ、瓶づめを開けていただきました。
根曲り竹

去年、北海道の親戚からいただいた根曲がりタケの瓶詰めを開けて
煮物にしました。
シイタケ出汁のお醤油煮。
タケノコの香りとシャキシャキした歯ざわりがおいしいです。
一年前の春を味わいました。

北海道ではクマにおびえながら山に入ってこの根曲がりタケ(姫竹ともいうのね)
を採るのだそうです。
クマ、怖いですもんね。
きちょうなもの。しっかり味合わせていただきました。

残りは味噌汁でたべてみよっと。

ロッキードu-2

エアフィックス社のロッキードU-2高高度偵察機。
東西冷戦の時代、鉄のカーテンの向こう側の情報収集に活躍しました。
1960年、ソ連上空で撃墜されたパワーズ事件で一躍有名になりました。

ソ連崩壊で面白い話が明らかになってますね。
パワーズ事件の真相では、ソ連の地対空ミサイルは命中しなかったんですね。
U-2が落ちたのは、近くで爆発したミサイルの爆風で機体が損傷したからという説も
あったのですが、その後新たに別の報告書が明らかになってます。

それによると、ミサイル発射の情報に驚いたパイロットが無理な操縦をしたために
翼が折れたからというものでした。
撃墜ではなく墜落だったというのです。

そりゃあ、これだけ細くて長い翼じゃ無理もないですね。


信州飯田の田舎暮らし | 18:59:43 | トラックバック(0) | コメント(2)
次のページ

FC2Ad

まとめ