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しおチャン

Author:しおチャン
還暦、リタイアで子供にかえって60年代ヒコーキプラモを作っています。
信州飯田のなかば田舎、半分街中のどっちつかずの田舎暮らしを楽しんでいます。

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今日の作業台の様子、ノボのシーフューリー。
机の上に

今日の作業台の様子です。
白いのがノボのホーカー・シーフューリー。
昨日キングフィッシャーが完成して、前回の机の上で紹介した仕掛キットの中で
これが最後に残っています。
全面グリーンに黄色の線が入った1970年代のレース機の塗装にします。
あと2~3日で完成させられるかなあ。

右の銀色はモノグラムのカーチスP36戦闘機です。
フランスマーキングで作る予定。
今週中に仕上げまで行けるかちょっとむずかしいかな。

このところいいペースで完成品があがっていますが、仕掛中のキットを
もう少し増やしておかないと、毎週一個の完成目標は維持できなくなって
しまいます。
もうちょっと頑張りまっしょ。

信州飯田の田舎暮らし | 19:03:34 | トラックバック(0) | コメント(0)
ボートOS2Uキングフィッシャー モノグラム 1/48
oa2u

アメリカ海軍の「艦隊の眼 フリートアイ」として大戦の全期間にわたって戦艦・巡洋艦に
搭載された、ボートOS2Uキングフィッシャー水上機です。

二座水上機なのは弾着観測が主目的なため。
日本海軍で艦隊の眼といえば、弾着観測の二座水上機よりもむしろ長距離偵察をする
三座水上機が主役の座にいました。
おなじ艦隊の眼といっても米海軍と日本海軍では性格が違ってますね。

米海軍では、日本の三座水偵の役割は、空母の雷撃器か長距離飛行艇が担っていました。
また、対空レーダーが普及してからは、艦隊の眼といえば潜水艦狩りをする対潜哨戒機を
さす言葉になっていきました。

bo-to

OS2Uキングフィッシャー

モノグラム社のキングフィッシャーは1966か67年の発売品。
モノグラムが最盛期のころのキットで非常に優れたでき、作って気持ちのいいプラモです。
ツクダやハセモノなどからも販売されていました。

やはりデカルがだめになっていてデカルリペアやマークセッターのお世話になりました。
イエローウィングに銀の胴体、黒の尾部のシックな塗装は戦艦コロラドの搭載機です。
VO-4の所属機ですが、写真からは翼のウォークウェイの線が書かれていたかどうかは
わからないけれど、あったほうがかっこいいので書き込みました。



アメリカ機 | 19:07:06 | トラックバック(0) | コメント(2)
二式大艇のテストをした人 「テストパイロット 森川 勲の生涯」
テスパイ

南堀英二 著 「テストパイロット 森川 勲の生涯」

戦前の日本の飛行艇を生産していた川西航空機のテストパイロットだった
森川 勲の伝記です。
二式大艇の搭乗者の手記はいくつかありますが、製造側から見た話は
とても貴重です。

生産された二式大艇は、すべて工場出荷前にこの飛行士によってテスト
飛行しました。
大戦末期には試験中に米軍機におそわれて、満身創痍の二式大艇で
不時着したこともありました。

川西のテストパイロットですから、ほかにも強風から紫電改、極光の試験
も行っていて、興味深い話が収録されています。

先日キットを紹介したフェアチャイルドF91のテストも木更津に行っておこなっていて、
「陸上機としての離着陸はやさしいが、水上機としては発動機が単葉の上にある
ので操縦性・安定性が悪く、発動機を全開すると水をかぶって4,5秒は前が
全く見えない。」という評価をしています。

文庫版とはいえ700ページのボリューム。
読み応えある飛行機本でした。

「ヒコーキ?」な話 | 19:03:26 | トラックバック(0) | コメント(4)
庭の花たち、水仙、レンギョウ
すいせん

水仙の花が咲きだしました。
庭で最初に咲くのは、毎年この黄色のものです。
先日まで寒かったせいか、今年は少し遅めでしょうか。

rengyou

レンギョウの枝は去年強めに剪定しているので、今年は花がほんの僅か。
数本でいいからもう少し枝を残せばよかったー。

ヘロン

エアフィックス社のちょっと古いキット、デハビラント・ヘロンです。
戦後の中距離旅客機、双発のデハビラント・ダブを大型化してエンジンを四発に
したもの。
日本の航空会社でも使われました。
昔のエアフィックスマガジンにヘロン→ダブへの改造記事があったような。
もう一個キットがあればやってみたいところだけれど、とりあえずこのヘロンを
完成させないとです。

信州飯田の田舎暮らし | 20:23:20 | トラックバック(0) | コメント(2)
詩人の自伝の最高峰、金子光晴「詩人」
金子

日本の詩人のなかでも独自の頂点に立つ金子光晴。
その自伝には今回読んだ「詩人」とさらに10年くらい後にかかれた
「絶望の精神史」の二冊があります。
どちらも自伝としての評価が非常に高い本です。
今回の「詩人」は、昭森社の金子光晴全集第5巻に収録されています。

「平々凡々たる典型で、その故にこそ、凡々たるじぶんから脱却したくて、
謀反を起こして、収拾のつかない結果をひき出し」てきた。
何回もの「血のさわぎ」の軌跡を、60才を区切りとして回想しています。

戦前戦後を通して、日本にもなじめず、かといって海外に行っても違和感を
感じ、いる場所がない閉塞感を抱えながら生き抜いた精神の軌跡は、そのまま
社会を外側から冷静に見つめた記録になっています。
私などには理解できないこともありますが、一つ一つのできごとが生き生きとしていて
とても面白いのです。

一人息子を徴兵から守るために寒風にさらす父親であり、空襲を予想して
いち早く田舎に疎開する行動の人でもある。
「やはりこの戦争は、僕にとって、恥辱としか思えなかった。マレー蘭印を通ってきた
僕は、つぶさに植民地の支配者たちの積年の悪と、その結果を見てきて」、「結局それは
薄汚い利害の争奪戦である」
バケツリレーなどやめてすぐに逃げること、と説く隣組の班長さんでもありました。
非協力の貫き方も金子独特の図太さがあります。

「ふりかえって、さて、僕の生涯で、なにがのこるだろう。それは、僕が、僕のやり方で、
僕の人生を愛したということだけではないか。」
この言葉が一番、金子光晴らしいのかもしれません。


こんな本を読んでみた | 20:15:27 | トラックバック(0) | コメント(0)
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